やさしかった生きていける

「田代、起きとる?」

「田代、おい田代っ」

「…なんだうるさいな2人して」

「購買行こうぜぃ」

「ん」



うるさい仁王君と丸井君と共に廊下に出れば、この人達といると目立つのはいつものことだとしても、周りからはいつものような感情の視線は注がれない。その弱々しく下がった眉毛や不安そうな目から、感情の正体はわかる。同情だ。

15年間守られてきた関東優勝の歴史は、昨日、青学にその座を譲った。勿論試合自体はどれをとっても素晴らしいものばかりだったし(素人の私がこんな風に言うのもなんだが)、応援に来ていた立海生も最後はテニス部に対し心から拍手をしていた、と思う。だから悪気はないのだろう、あれだけ応援だって全力でしていてくれていたんだ、それはわかる。

でも、無言での同情の眼差しが今の私達には1番辛かった。



「幸村君、今日は喋れっかな」

「大丈夫じゃろ」

「ん」



大会後に急いで金井総合病院に行くと幸村君はまだ手術中で、皆で手術室の外で無言で終わるのを待った。どれくらい待ったかは覚えていない。それでも中から出て来た医者の言葉は、強張っていた肩の荷を降ろすには充分すぎる効果を持っていて、私達は全員とても喜んだ。が、昨日は流石に手術の直後ということと面会時間が終わるということが重なって、幸村君と会話を交わすことは出来なかった。だから今日もう一度全員でお見舞いに行くことになっている。…関東大会の報告も兼ねて。



「あ、先輩達!」

「おー赤也じゃーん」



購買で各々の昼食を買っていると、騒がしい足音を立てながら切原君がやって来た。いつもならこの3人が揃っていれば色めき立つ女子達も、今日ばかりは遠巻きに見ているだけだ。気を遣われるというのはこんなにも息苦しいことだったか、と1人漠然と考える。



「今日から新発売のパン、先輩達買いましたー?俺さっき買ったんすけど超美味くてまた買いに来たんすよ!売り切れてないといいなー!」

「それは気になるのう」

「買ったのよこせよ赤也ー」

「嫌っすよー!あ、晴香先輩になら良いっすよ!…晴香先輩?」



変だ。なんで今日に限ってそんなよく喋るんだ。…いや、わかってる。全国に向けて落ち込んでる暇なんて無いのも、自分達が態度に出したら周囲に更に気を遣わせてしまうからということも、何より、無理矢理笑うことで落ち込まずにいられる環境を作ろうとしているのも。



「…あぁ、食べてみたいな」



だから、彼らがそうしたいなら私も合わせるしかない。だって、嫌だと言ったところでその後どうすればいいかなんて思い付かないんだから、無責任なことは出来ない。今何かを言うのは違う。



「でしょー!ほら、そうと決まれば乗り込むっすよ!」

「順番は守りんしゃい」

「関係ねーよっ、行くぞ赤也!」

「私の分も頼んだ」

「人任せかよぃ!」



列に突っ込んでいく2人を、私と仁王君は自販機で買ったパックジュースを飲みながら見ていた。軽く笑って、次第に無表情になる。



「幸村、かなり精神的にやられとるらしい」

「…誰情報だ」

「真田。あいつ幸村と幼馴染だから、幸村の親ともよう喋るんじゃ。で、昨日帰った後電話来て、だいぶ追い詰められてるみたいだからお見舞いに行ってあげてね、だと」



淡々と喋る仁王君の話を聞いて、眉間に皺が寄って行くのを嫌でも感じる。私達がお見舞いに行くことで少しでもそれが和らぐのなら良い、でも、本当に和らぐのか。



「俺達が支えんといかん」

「あぁ、わかってる」

「不安なのはわかる」



仁王君は普段ヘタレなくせにこういう時鋭いから嫌になる。頭に軽く置かれた手に、安心と同じくらいの不安を感じた。でも頑張るしかない。何をどうやって、とか具体的に聞かれると答えられないけど、とにかく頑張るしかない。しっかりと新発売のパンを4つ買って来た丸井君と切原君に軽く笑いかけ、私はそう決心した。
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