切原君が私に抱きついている間にも、もう真田君の試合は始まっていた(扱いが乱雑になった、すまない真田君)。

…一言で言うと、凄い。

どうやら真田君は幸村君がいない今、中学テニス界で最強らしい。証拠に応援席からは「皇帝コール」がかかっている。…私がいつも見ている普段の真田君からは信じられないのだが。



「これぞ弦一郎の究極奥義…風林火山」

「風林火山…技なのかそれは」

「そこツッコむとこじゃなか、田代」



らしいので深く追求しないでおく。そうだ、この人達の技名にツッコんでいたらキリがない。何にせよ物凄く強いのには変わりないのだ、技名くらいスルーしよう。

───なんて悠長な考えをしていられたのは序盤のうちだけで、後半からは見入らざるをえない試合となった。



「俺は…アンタを倒して全国へ行く!!」



相手の…以前切原君と青学に行った時に会った、小さな男の子。どうやら1年生ルーキーらしい。とにかく彼はそう言って真田君を挑発した。真田君は言葉こそは返さないが、打球の強さでその挑発に乗ったことが充分にわかった。

大丈夫、真田君なら、絶対。

心の中でそう確信してやまなかった私は、腕の中から離れて隣に座っている切原君の手を思わず強く握りしめた。勝って、と、本気で願った。



***



あいつらなら、あいつらならやってくれる。



「じゃあ幸村君、行こうか」

「…はい」



今日の朝にあいつら1人1人から届いたメールは何度も読み返した。時が経つにつれて、というよりも医者のあの言葉を聞いた時からどんどん卑屈になっていく俺に、誰も気付きやしない。でも、それとこれとは別だ。それに



「(…お前は気付いてるんだろうね)」



1人、わかってる奴がいる。口には絶対出さないだろうけど。それが酷く安心すると同時に、やっぱりなんか嫌な気もする。矛盾だらけだ。むしろ矛盾しかない。

勝ってほしい。笑顔で報告してほしい。───俺がいなくても勝てるんだ。人の気も知らないでそんな笑顔でよくもまぁ。

最悪だ。どの言葉にも裏が必ずついて回ってくるようになった。手術だって…もうテニスができなくなるなら本当は意味無い。でも、やっぱりそれでもどっかに希望を持ってるから俺はこうして手術室に運ばれてるんだろう。



「(田代、)」



無機質な部屋に辿り着く。その途端、あの無愛想な顔の女に、田代に、とてつもなく会いたくなった。
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