───それから試合は進み。

D1の仁王君と柳生君の変装にはやはり誰もが度肝を抜かされたのか、会場内のざわめきが凄かった。流石に変装仁王君が相手の猫っぽい人にボールを当てた時は驚いたが、それもまた徹底的に騙す1つのテだったんだろう。

結果として2人は勝った。最後の方は少し苦戦していたように思えるが、まぁ勝ったなら結果オーライ、と思う私は単純すぎるのだろうか。

そしてその後のS3、柳君。彼は…負けた。どうやら相手の眼鏡の人と柳君は幼馴染だったらしいが、その私情を試合にまで持ち込んでしまったことが敗因らしい。真田君は、試合を終えた後自ら殴ってくれ、と申告して来た柳君を殴ろうとしたが、それは切原君が止めた。

13分台で終わらせりゃあ、幸村ブチョの手術間に合いますって!

そう言って切原君は、意気揚々と試合に出て行った。相手を挑発することを忘れずに。



「見えないのによくやるねぇ?」



そして、───そして。



「…いつもに増して攻撃的だな、あいつ」



隣にいる丸井君はガムを噛むこと忘れているのか、口を開けたままそう言った。しかし私はそれに言葉を返すことは出来なかった。

相手は切原君に当てられたボールの打ち所が悪かったのか、一時的ではあると思うが視覚を失った。しかしそれでも尚、切原君は容赦しない。



「切原、君」

「田代…?」



桑原君が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。でも、私は切原君しか見れない。思い出した、最初切原君と会った時のことを。確か携帯を忘れて学校に戻った時だ、切原君は道端に横たわっていた。とても悔しそうな表情だった。



「見ろ弦一郎、赤也の目の充血が引いてる」



その後からだったか、何故か切原君に懐かれてしまったのは。朝教室に行けば我が物顔で私の席に座っていて、なんの理由も知らない私にアイツらをぶっ倒してくる!、とか宣言してきたり。



「私のレーザービーム…!?」

「ちょ、俺の鉄柱当て!」

「まさか赤也…辿り着いたというのか、無我の境地に」



所構わず抱きついてきたり、



「「返せる確率、2%」」



勝手に拗ねて不機嫌になったり、



「…お前の握力ではそれはまだ扱えまい」



扱いも面倒だし、鬱陶しいし、少しも離れようとしないし、



「ゲームセット!ウォンバイ不二、7−5!!」



だから、切原君の全部を知った気でいた。でもそんなことはなかった。凶暴な切原君も、今のように我を忘れてがむしゃらに戦う切原君も、全部初めて見た。でも、全部全力だった。



「副ブチョ…俺を、俺を殴って「座ってろ」…っ…!」



試合が終わり一瞬気絶してた切原君は、起きて1番最初に試合結果を周りに聞いた。そして知った途端、真田君に柳君と同じように制裁を要求した。しかし真田君はそれを受け入れなかった。切原君がやり切れないように俯き、応援席に力無く座る。彼的には逆に制裁を入れてもらえた方が良かったに違いない。しかし、それは真田君と分かり合えるところではなかった。

なら。



「切原君」

「っ、先ぱ、」



パシン、と乾いた音が響く。切原君は涙をいっぱいに溜めた目で私のことを見上げており、私はそんな彼の両頬を両手で叩いた。そしてそのまま手は離さずに、挟んだ状態でいる。



「ちゃんと見てた」

「先輩…」

「大丈夫。怖くない」

「せん、ぱ」

「良い試合だった」



刹那、胸にドン、と衝撃が来た。切原君は声を押し殺しているが、服が湿って来ているから恐らく泣いているんだろう。

皆に勝ってほしいだけ。どんなやり方にもついていく。その気持ちは嘘じゃないが、なんの抵抗も無かったと言えば正直嘘になる。不動峰戦の時や、今日の序盤の時の切原君を見た時、若干でも私は彼を怖いと思った。きっとこの先も思ってしまうだろう。でも、今この瞬間はもう怖くない。都合がいいと言われても、そのおかげで切原君とこうやって向き合えている。



「っ〜〜超悔しー……」

「だろうな」

「負けたとかありえねぇえええ」

「大丈夫だ、柳君も負けた」

「…田代…」



私の発言と、切原君の泣き顔と、柳君のうなだれかげんを見て、周りは笑った。空気がほんの少し柔らかくなった。

切原君。全力で戦う切原君は、例えどんな姿になっても応援したくなった。だからさせてくれ。
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