「あ。そういえば、1年の女子に嫌がらせされたから話をつけといた」

「っ、は?」



頼まれていた見舞いの品であるポッキーを頬張っていた幸村君だったが、私がそう言うなりそれをパキッ、と折り、そのまま目を見開いて私を見つめて来た。どっちがチョコだけを早く舐め終えるかという勝負をしていたのだが、思いも寄らぬ形で勝ってしまった。幸村君が動揺するなんて珍しい。



「…あ、負けちゃった」

「動揺するなんて珍しいな」

「いきなりそんな突拍子もないこと言われれば誰でもビビるに決まってんじゃん。ちょっと待ってもう1本勝負」

「もう食べ尽くした」

「お前またさっき俺がトイレに行ってる間に食べただろ」

「悪いな」



今までは普通のポッキー派だったが、メンズポッキーが案外美味しかったんだ、食が進むのも仕方ないだろう。



「って、そんなことはどうでもいいんだよ」

「ん?」

「嫌がらせを受けたってどういうこと?しかも事後報告って」

「柳君から、精市が何かあったら必ず言えと言っていたぞ、という伝言を預かってたのを今思い出した」



その言葉と共に最後の一口を口に放り投げると、幸村君から盛大な溜息が聞こえてきた。今の一息で幸せいくつ分逃げただろう、などとくだらないことを考えてから、答える為に口を開く。



「別にありがちな嫌がらせを受けただけだ。本人に直接問い詰めに行ったら案外素直で、すぐに解決した」

「…ま、無事ならいいんだけど。あんま無理すんなよ、お前」



頭にポン、と幸村君の手が乗る。ん、ちょっと待て力強い痛い。



「幸村君、痛い」

「心臓に悪い話をした罰」

「わかった、次からはちゃんと事前報告するから」

「はいはい」



やっと怒りが収まったのか、乗せられている手の力が緩まった。幸村君によって痛められた頭が幸村君によって緩和されていく。そうかこれが飴と鞭か。



「ていうかさ、田代」

「ん?」

「お前、少しは料理した方がいいと思うよ」



すると幸村君は、今度は私の手にある林檎を見ながらそう言った。…皮だけ剥いていたつもりだったんだが、実までだいぶ無くなっているな。自分でも流石にこれは酷いと自覚し、一度剥く手を止める。



「蓮二の方が数倍上手いよ」

「柳君は何でも出来そうだ」

「これから料理することもあるかもしれないし、お母さんとかに教わっときなよ」

「…料理か」



異常に薄っぺらくなってしまった林檎を口に含みながら、つらつらと言葉を発する幸村君。料理なんて、今まで考えたこともなかった。家で作るとしてもインスタントラーメンが精一杯というか、それ以上に手間のかかる物を作ったこともなかったし。部活ではドリンクさえ作れればいいと思ってたが、そういうわけにもいかないみたいだ。



「わかった、頑張ってみる」

「よし、いいこいいこ」



面倒ではあるが、帰ったら早速お母さんに頼んでみるとしよう。人並みに出来るようになればそれでいいか。呆れながら言った割にはシャリシャリと美味しそうに林檎を頬張っている幸村君を見ながら、小さな目標を心の中で掲げた。
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