「まず、今の言い合いについて説明してもらおうか」



柳の緊迫した声が響く。その言葉に当事者である3人は肩を震わせ、気まずそうにレギュラーと目を合わせた。



「…この2人がレギュラー目当てだということを耳にし、情けないと思って怒っただけです」

「なっ、ち、違います!」

「私達だって仕事をする気はあります!誤解です!」



そしてまた言い合いを始める3人にレギュラー達は視線を絡め、溜息を吐いた。そんな中質問を投げかけた柳だけはふむ、とノートに何かを書き込み、続けてこう言った。



「田代、客観的に見て3人の言い合いはどうだった」



唐突な質問に全員が晴香に目を向ける。



「特に興味は無い」

「って、おい!!」

「田代らしいぜ…」



しかし当の本人は物怖じすることなく、サラッとそう言いのけた。それに対し丸井が全力で突っ込み、ジャッカルの言葉に誰もが頷く。それから柳が次の質問に移ろうとした時、ただ、と再び晴香が声を発した。



「皆、君達を支えたいという気持ちがあることは間違いないと思った」



凛としたその声は室内によく響き、他の希望者3人もまた強く頷く。そのやりとりを見てそれまで呆れていたメンバーも複雑な表情で視線を合わせ、なんともいえない雰囲気がその場に流れたが、それを取り払うように真田が咳払いをした。



「…では本題に入る。率直に聞こう、なぜテニス部に入ろうと思った?右の者から言っていけ」



そして、面接が始まる。

晴香以外の3人はテニスへの想い、サポートをすることへのやりがいなど、それらを熱く語り意思表示した。その熱意にレギュラー達も頷きながら聞き入れる。各々ちゃんとやりたいこと、やるべきことは把握しているのか、どれも似たり寄ったりではなく個性的な意見が飛び交った。

最後に、晴香の番になった。



「…言ってしまえば、自己満足なのかもしれない」

「晴香先輩?」



予想もしてなかった第一声に、切原が不安げな声を上げる。



「君達が崩れそうになっているのを見て、腹が立った。私は中途半端が嫌いだ。ついでにこれまでテニスと深く関わってきた訳でもない。でも、去年幸村君が全国優勝を決めたあの日、確かに何かが変わった」



その真っ直ぐすぎる瞳に、力強い声に、引き込まれる。



「正直、私はこの3人のようにテニスのルールも知らなければ部員の名前も覚えていない。だが、強くなって勝ちにいきたいという気持ちは誰にも負けない」

「田代、」

「君達だけではなく他の部員も、そして幸村君を支えたい。結局人で選んだと思うならそれでいい、切り捨ててくれ」

「そんなこと思う訳ないだろ!」

「ただ、君達だからこそ頑張りたいというこの気持ちは本物だ。それだけはこの3人にも譲れない」

「そんな、私だって…!」

「いや、負けない。この気持ちは誰にも負けない」



柳と丸井の抑制する声は晴香には届かなかった。しかし、晴香の声は全員に届いた。



「…降参じゃ」

「本当に、適いませんね」

「全くだな。…結局、俺達にはお前しかいないようだ、田代」



柳の言葉に他の希望者3人は立ち上がり、抗議した。なぜ自分じゃないのか、自分達も部員を大事に思っているのに、そんな類の言葉が彼らに向けられた。



「もしお前達も本当に俺達のことを想っているなら、抗議などせずそのまま立ち去っているだろう。少なくとも田代ならそうしたに違いない」

「真田君、それは買い被りすぎだ」

「2人のことをレギュラー目当てだって言ったお前さんも、結局は同じことじゃろ?興味無い振りすんの下手なり」

「…そん、な」

「仁王君、それは違う」



仁王の言葉にレギュラー達は頷いたが、それを晴香は阻止した。



「ただ私の想いが1番強かっただけだ」



何か3人を擁護する言葉を言うかと思いきや、晴香の口から出た言葉は彼らを吹き出させるには簡単なものだった。そんな雰囲気に耐えきれなくなった3人は顔を真っ赤にし、部室から飛び出していった。



「言い切ったのう」

「例え気持ちはあったとしても、本物じゃない限り意味がない」

「で、晴香先輩は本物なんすね!?」

「…うるさいな、何回言わせるんだ」

「照れている確率98%」

「田代かーわーいーいー!」

「黙れ重い」



こうして室内には賑やかな雰囲気が戻り、誰もが晴香に笑顔を向けた。当の本人は不服そうに顔を強ばらせているが、これも照れ隠しの一種なのだろう。



「頼んだぞ、田代」

「あぁ」

「そこで、早速初仕事だ。今日この後精市の見舞いに行け」

「…わかった」



真田と柳の言葉に力強く頷き、そのまま足早に部室を後にする。部室からは歓声が聞こえ、晴香は人知れず口元に弧を描いた。

我慢の時期は終わり、これからはまた新しい時期が始まる。それがどんなものになるかは、まだ誰も知らない。



「…待たせた、幸村君」



あわよくば、またあの日のガッツポーズが見れる日がきますようにと、晴香は心の中で願った。
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