何を考えてんのかよくわかんねえこの女の名前は、田代晴香というらしい。とりあえず景吾様っつー呼び方は辞めさせて、まず飯を食わせるためにジム内に入ってる軽食屋に連れ出した。

…そう、連れ出したんだが。



「…なるほどよく食うじゃねーの」

「美味い」



その体のどこに入るんだというくらいまぁ晴香はよく食う。食べ方は汚くねえから見てて不快にはならないが、あまりにも凄い食いっぷりに思わず圧倒される。この俺様がだぜ?あなどれねえ、こいつ。



「景吾君は食べないのか」

「来る前に食ってきた。それにお前のその食ってる姿見るだけで腹一杯だ」

「へえ」



自分から聞いたくせに、料理が運ばれてきたら途端に意識は全部そっちに持ってかれてやがる。そのせいで適当極まりなくなった返事を聞いて、俺はやはり不可解な表情を浮かべることしかできなかった。



「…変な女だな、お前」

「景吾君に変とは言われたくない」

「デコ殴んぞ」

「だってそうだろう、こんな初対面の女に対して世話を焼きすぎだ」



パスタを食べながらそう言ってきた晴香に、確かに否めねえな、と自覚する。一目見た時は特に何も思わなかったが、此処に来ている理由を聞いたことにより、こいつへの見方が変わるのは当たり前のことだった。何より晴香は、強くなりたいという感情がでかい。…もしかしたら、



「俺と重ねたのかもしれねえな」

「それは心外だ」

「だから殴るぞ」



友達や誰かと一緒にやるわけでもなく、1人で兎に角やってのけようとするその姿が、妙に気にかかった。誰にも弱さを見せたくない、そんな雰囲気を醸し出す晴香だからこそ構いたくなったのかもしれない。そこまで1人で納得したところで、俺は新しく運ばれてきた料理を晴香に差し出しながら、細かいことは気にすんな、と話を締めた。



「あぁ、もう結構前から気にしてない」

「そーかよ…それよりお前、学校はどこだ?」

「立海」



なにげなく聞いてみただけだったんだが、その聞き覚えのありすぎる学校名に俺は若干目を見開いた。立海っつったら、あの強豪校じゃねーか。



「なぜ神奈川からわざわざこのジムに通ってんだ」

「設備がどこよりも整っているし、短期間なら料金も安いから。通うために歩くのも良い運動になる」

「短期間?お前いつまでここにいるんだ?」

「春休み明けにはもうほとんど来る暇がなくなると思う」



晴香の人柄上そんな気が全くしないが、一応これが初対面なのだ。だから、こいつのことを知る為に色々と質問をしていくと、段々と目処が立ってきた気がする。



「なら俺もその間付き合うぜ」

「あぁ。で、景吾君はどこの学校なんだ?」

「氷帝だ」

「…へぇ」

「絶対知らないだろお前」



だからこいつからの質問にも答えたんだが、どうやら早速躓いたようだ。氷帝と言えば大体の奴はわかるんだが…まぁ、晴香ならわかんなくてもおかしくねえな。こいつは基本何にも興味を示さなそうだ。そう自己完結し、話を続ける。



「なんで景吾君はジムに?」

「鍛える為に決まってんだろ。俺様は部長だからな」

「なんの?」

「テニス部だ」



俺が答えると、これまで止まることのなかった晴香の食べ物を食べる手がピタ、と止まった。それからゆっくりと顔を上げ、俺と目を合わせる。



「…それは本当か」

「こんなとこで嘘吐かねえよ」

「景吾君」

「アーン?」



晴香は俺の名前を呼んだ後すぐに何かを言おうとしたがそれは止めて、代わりにいや、何でもないと濁してきた。何かを隠しているのは目に見えてわかったが、俺はあえてそれに関しては何も掘り下げなかった。いずれわかることでも、もしかしたらずっとわからないことでも、そんなことはあまり俺達には関係無いように思えたからだ。

そして、この日から俺と晴香の合同トレーニングは始まった。時折晴香が見せる目は、誰よりも強いと俺は思った。
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