バンッ!と大きな音を立てて開いたのは、3年A組のドアだ。クラスの者達は誰もがその音に反応し、そしてその方へ目を向ける。



「…田代さん?」



それは1人で昼食をとっていた彼、柳生も例外ではなく、更には入ってきた人物が意外だった為彼は目を見開き驚きを露わにした。



「真田君は何処だ」

「真田君は昼休みが始まるなり姿を消しました。何かご用があるのなら私からお伝えしておきましょうか?」



誰もが晴香と柳生に意識を向ける中、彼女はそんな状況にも屈さず平然と、むしろ逞しく立っている。そんな彼女に反して、柳生はいつもとは何かが違うその様子に戸惑いを隠せないでいた。

あんなことがあったのに、どうして。

柳生の脳内はただただその思考に侵されていた。



「…情けない顔をしている」

「はい?」

「仁王君と丸井君ほどではないが」



かと思えば唐突にそんなことを言われ、いよいよ柳生は訳が分からなくなった。



「田代さん、」

「柳生君。これから先は、私の意志でやることだ。それを受け入れるか受け入れないかは君達にかかっている。でも、やる前から止めるのはやめてほしい」

「あの、田代さん、全く話が読めないのですが…?」



もはや柳生はどこから何を質問すればいいのかわからないほど困惑している。が、それでも晴香は変わらず淡々と話を続けいて、柳生の疑問などハナから相手にされていない。果たして彼女にはどんな意図があるのか。



「真田君を探してくる」

「あ、田代さん!」



まるで嵐のように舞い降り去っていった晴香を、結局柳生はただただ見つめることしかできなかった。



「…本当に、わからない人です」



しかし、その絶対的な頼もしさを感じる背中に、柳生は観念したように笑顔をもらした。彼女なら何か変えてくれるかも、そんな淡くて身勝手な期待を、胸に抱かざるをえなかった。



***



探すといっても特に焦った様子はなく、あくまでもマイペースに校内を歩いていた晴香だが、しばらくして前方に目的の人物を見つけた。普段なら近付けば気配を感じとってすぐに気付くのに、目の前にいる人物は一向にその素振りが無い。



「真田君」

「…田代か」

「1人で何をしているんだ」



晴香はテニスコートのど真ん中で真田を見つけた。自主練を行っているわけでもなく、ただ突っ立っているだけの姿を見て単刀直入に問いかけると、彼はバツが悪そうな表情を浮かべた。すぐに答えられない理由も、その表情の真相も、おおよそはわかっているのだが。



「特に、何をしているわけでもない」

「そうか。真田君」

「なんだ?」



しかし、意味深なその返答を言及する訳でもなく、晴香は目を合わせようとしない伏し目がちの真田の目をしっかりと見ながら、淡々と話を続けた。



「リハビリをお願いしたいのだが」



その急な申し出に真田は二、三度瞬きをし、彼にしては珍しく迷いのある、困惑した目を晴香に向けた。そんな表情を真正面から受け取っても尚、晴香は変わらず彼を見つめている。真田は、その強い視線に圧力をかけられているような気分にすらなった。



「しかし田代、今俺達は」

「あれだけしつこく言っておいて今更プラン断念か?皇帝の名が知れるな」

「…」

「私は、強くなりたい」



強くなりたい。どうして今このタイミングで彼女がそう思ったのか、鈍い真田には皆目見当もつかない。それでも、滅多に自分を語らない彼女が急に言い出した事だからか、彼は自然と首を縦に振っていた。



「いつから見てくれるんだ?」

「来週、でもいいか」

「わかった。それだけだ、もうすぐチャイムが鳴る。私は戻る」

「田代!」



言いたい事を告げるなりすぐに踵を返し、颯爽と立ち去ろうとした晴香を、真田は声を張り上げて呼び止める。ゆっくりと、彼女がこちらを振り向く。



「お前は、何をしようとしているんだ?」



晴香はその質問に対し、空を見上げてしばし考えるような仕草をしたが、結局答えることはなかった。再び1人取り残されたテニスコートで真田は、ただただ漠然と立ち尽くした。
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