10

気まずいなんていう、生温いものじゃない、一刻も早く此処から抜け出したいほどの最悪な雰囲気が私達を取り巻く。



「ねー、まだ話し始めないのー?この子達だってそんな理解のない歳じゃないでしょ?」



───よりにもよって、なんでこんなクソ女。

言葉が悪いけど、それがこの目の前の女を見て1番最初に抱いた感想だった。確かに外見は綺麗だけど、中身はびっくりするくらい空っぽだ。お父さん、いつからこんな人が好みになったんだろう(もはやお父さんとも呼びたくないけど)。

ついさっきまで一緒にいた皆が、もはや恋しくて耐えられない。かつては生まれてからずっと過ごして来たはずのこの家にも、何故か全く愛着は沸かなくて、むしろ早くホテルに戻りたいという考えばかりが頭の中を駆け巡る。隣に座っている正人を見ても、ただただ無表情で正面のお父さんを見つめているだけだ。そのお父さんは、擦り寄ってくるクソ女をあやすように軽い感じで対応している。



「見てわかると思うが、こういうことだ」



更には、淡々とそんな事を言い放った。…こんな人でも、昔はよく遊びに連れてってくれてたりしたというのが不思議だ。もっともそれは写真上の話で、私と正人の記憶にはさほど残っていないけど。

まるで見定めるような目で私を見つめてくるクソ女を見つめながら、いやに冷静にそんな事を思っていると、ふいにガタッ、と椅子から立ち上がる音がした。正人だ。



「姉ちゃん、父さん、ごめん俺嘘吐いてた」



急に立ち上がった正人に、この場にいる全員が釘付けになる。だって、その表情が今まで見たことがないくらい冷たくて、───笑っているんだもの。



「あんたがその女と不倫して母さんと離婚するってなった時、なんで俺があんたと一緒に此処に残ることを選んだか、その理由、前に言ったじゃん?」



確か、お父さんを1人にしたくないから、とかそんな感じだったはずだ。でも、なんで今更そのことを?私が不思議に思っていると、正人は続けて口を開いた。



「あれ、別にあんたの為とかじゃないから」

「…どういうことだ、正人」

「あんたを絶対、幸せにしたくなかったからだよ」



思いがけない言葉に目を見開かせ、バッと立ち上がった正人にそのままその目を向ける。今私の目に写ってる正人は、本当にあの正人なのか、それすらも怪しくなって来た。どういう、事?



「俺みたいにでっけぇ子供がいれば、それだけで再婚の邪魔になるだろ。子連れの男と結婚したがる女なんて早々いねぇし。まぁ、結局意味なかったけど」

「正、人?」

「ごめん姉ちゃん、俺、そんな出来た弟じゃねぇ。母さんを簡単に捨てたこの人が他の女と簡単に幸せになるなんて、どうしても許せなかった」



姉として、正人を買い被ったことなんて一度もない。本当に自慢の弟だ。むしろ恥じるべきなのは私の方で、正人が自分を犠牲にしてまでこの人の側にいた事を気付けなかった自分が、情けなくて情けなくて堪らない。



「やだー、すっごい親不孝者ー」

「黙れクソ女!」



何も知らないクソ女が口を開いたと同時に、私はほぼ反射的に立ち上がって、今まで吐いたことが無い言葉を投げつけた。こんな言葉遣い滅多にしないからか、正人は勿論お父さんも少し驚いてる。クソ女に至ってはそう呼ばれたのが癇に障ったのかうるさく癇癪を起しているけど、この人には何の用もない。



「お父さん、色々と見損なった」

「亜梨沙、」

「貴方がお父さんだって事が、私の1番の汚点だよ」



そう言うとお父さんは一瞬、ほんの一瞬だけ下唇を噛み締め、何かを嘲るように少し顔を俯かせた。



「お前は昔から、弟思いの出来た姉だった」

「…知らないよそんなの」

「あっちに行っても元気でな、母さんを頼む」

「だから知らないってば!なんでそんな事あんたに頼まれなきゃいけないの!?なんであんたがそんな事言えるの!?意味わかんない!ほんっと最低だよ!」

「姉ちゃん、いいよ」



段々と気が立って呼吸が荒くなるのが自分でもわかり、そんな私を正人がなだめるように支えた。一気に喋ったせいで、上手く息継ぎが出来ない。空気が喉に入って来ない。でも、それでも良かった。こんな最悪な雰囲気の空気を呑みこんだら、それこそおかしくなっちゃうんじゃないかと本気で思った。



「実はもう荷物とか詰め終わってるから、俺このまま明日姉ちゃんと大阪行く。だから送っといて」

「あぁ、わかった」

「じゃ、多分もう会うことねぇけど」



私が何も言えずにいると、正人はそう言って強制的に会話を終了させた。まだまだ言いたい事は沢山あるのに、思いっきり罵倒してやりたいのに、こういう時に限って上手く言葉を見つけられない。見つけようとしても何故か喉の途中で留まる。いっそのことそれが全部すらすらと吐き出せればいいのに、何をためらっているんだろう。

そうして正人は私の手を引き、玄関から出た。ホテルまでの道のりを無言で歩いていると、ふいに涙が出て来た。

こんな状況になった以上、穏和に終わるとは思っていなかったけど、色々予想外過ぎて頭がついていかない。きっとこの先今日のことを忘れることはできない。嫌なことほど記憶には残るんだ。

なんか、もう、嫌だ。
 1/3 
bkm main home
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -