06

事件が起きたのは、四天宝寺テニス部が関西大会を目前にしたある日の朝だった。



「…嘘やん…」

「あ、ユウジ君おは「嘘やーーーー!!!」えっ!?ちょ、ユウジ君ー!?」



その事件の第一発見者である一氏は、亜梨沙と───もう1人の見知らぬ男───が乗ってきたエレベーターから降り、そんな悲痛な叫びとともに全速力で階段を駆け下がって行った。



「ユウジ君どうしたんだろう…」

「…罪な女だなぁ」

「え?何が?」



亜梨沙の方は何事かと困惑した表情を浮かべているが、男の方はすぐに一氏の思惑がわかったのか、苦笑しながらそう呟いた。



***



「事件や」

「なんやねん藪から棒に」



昼休み。屋上に集合して昼食をとり始めたテニス部だが、一氏の妙に深刻な声色に誰もが食べる手を止めて彼に目線をやる。代表して謙也が何事かと聞き返すが、その表情は曇ったままだ。



「ユウくん朝から変なのよー、アタシにも昼休みまで言わんーいうて教えてくれへんし、皆どうにかしたってー?」

「小春先輩にも言わんて相当やん。どないしたんすか先輩」

「なんか悩みあるんかぁー?」



遠山の緊張感のない言葉に、一氏は意を決したように顔を上げ、本題に入った。



「亜梨沙さん、男とおった」



箸が落ちる音、食べ物が喉に引っ掛かりむせる音、間抜けな声、様々な反応が彼らから発せられる。まだまだ子供な遠山はそれがどないしたんー?、と悠長に昼食を頬張りながら言葉を返すが、他の者がそれに答えている暇はない。



「なっ…、なんやてーー!?」

「謙也うるさいで。まぁ確かに、よくよく考えてみれば亜梨沙さんに彼氏がおらん方がおかしいっちゅー話や。…ユウジ、財前、自分らショック受けすぎや」

「亜梨沙さんったら相談してくれてもいいのにぃー…って、ん?あれ亜梨沙さんやない?」



そこで金色が指を差した方向は、お馴染の亜梨沙が通っている向かいの高校で、そこに確かに亜梨沙はいた。通常ならば唯一コンタクトをとれるこの状態は彼らにとっては非常に喜ばしいものなのだが、状況が状況なだけにいつもの浮かれ具合は微塵も感じられない。



「ほんまやー!亜梨沙ーっ!!」



勿論、話に着いていけない遠山はそんなことお構いなしに亜梨沙に話しかけられるのだが。そして、名前を叫ばれた亜梨沙もまた、遠山と同じように笑顔で手を振った。



「男とはおらへんみたいやな」

「銀さん…そういうこと言わんといて…安心とヘコみが両方来るわ…」

「ほらユウくん元気出してっ!亜梨沙さんにはアタシから聞いとくから!」

「絶対っすよ先輩、絶対絶対っすよ」



そして彼らは友人と昼食をとりはじめた亜梨沙に目を向ける。当の本人は何も気付いていないのかいつもの屈託の無い笑顔を浮かべているだけで、それがより一層彼らに不安を与えた。



「…過保護っちゅーかなんちゅーか、べったりやなぁ」



そう言う白石もショックを受けていないといえば嘘になるが、客観的に見たその有様に思わず苦笑をもらした。恋愛うんぬん以前に、彼らは亜梨沙へ何かと思い入れがあるのだろう。



「小春先輩今すぐ聞きに行って下さいこの距離くらい飛び越えられるでしょ」

「あはは、アタシ今初めて光ンに殺意沸いたでー!」



果たして問題はいかに?
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