「なー早く行こーやー!」 「せやから待ってって、今用意するから」 「ちゅーか沙希、あんた春休み中に太ったなぁ」 「それは言わへん約束やろ!?」 お弁当の準備をする香菜子を沙希が急かして、幸江がぶっちゃけた本音に沙希が突っ掛って。いつまで経っても沙希は忙しい子だなぁとその光景を苦笑しながら見ていると香菜子の準備が終わったので、私達はそれを合図に教室を後にした。 今年は例年よりも気温が暖かいから、それに伴い屋上の開放も早まった為、今はそこに向かっている途中だ。外でご飯を食べるのが大好きな沙希はそれはもう浮かれるに浮かれている。 「ばーんっ!!」 「壊れるっちゅーに」 ドアを勢いよく、しかも足で開けた沙希の頭を幸江が叩くと、2人はまたコントのように言い合いを始めた。私と香菜子はいつもの事ながらスルーし、既に人が結構入っている屋上に足を踏み入れる。気持ちの良いそよ風と陽射しが私達を包んで、あぁ春だなー、としみじみ実感した。 「そういえば亜梨沙の弟…正人君、やったっけ?此処合格したんやろ?」 「うん、朝も一緒に来たよ」 「仲えぇなー!亜梨沙の弟ならかっこえぇんやろーなー!」 「そんな事無いって」 そこで香菜子にそんな事を質問されたので普通に答えると、沙希は茶化すように私の腰辺りを肘で突いてきた。だから私はそれを軽くいなし、とりあえず確保した場所に座り込む。 皆と輪になってご飯を食べるひとときは本当に楽しくて、落ち着いて、来年のクラス替えで誰か1人は離れてしまうだろうけど、それでもこうやってずっと一緒にいたいなぁと心の底から思った。 一緒にいたい。そんな考えが浮かんだと同時に皆の事も思い出して、チラリと隣の学校の屋上に目を配らせてみたけど、そこには当たり前に誰もいなかった。 *** 移動教室の時に窓から見えるテニスコートを見ても、グラウンドを見ても、何処を探しても、誰もいない。学校にいるはずの光君や金ちゃんまで見当たらない。 「(…そりゃ、移動時間だけで見つけられる事も早々無いだろうけど)」 行きとは真逆の、どこか沈んだ気持ちでいつもの帰り道を歩いていると、ふと今日1日の事を思い出した。送り出そう、もう寂しくない、と思っていた割にはいるはずのない皆の姿を無意識のうちに探しいていた自分がいて、なんだか情けなくなる。 しかしそんな滅入った気持ちをいつまでも引きずるわけにはいかない、なんせ今日はこれからバイトなのだ。春仕様に変わった着物を初めて着る日でもあるし、張り切って行かなくちゃ!そんな風に自分を無理矢理元気づけて、背筋を必要以上に伸ばしながらまた足を進める。 「スピードスター参上っちゅー話や!」 「え」 「あぁんもうっ、落ちちゃうじゃないの!」 そうしていると、急に物凄いスピードで私の横を何かが突っ切っていた。速すぎて思わず足を止めてしまったほどだ。…しかも、あの声、いや、あの言葉は間違いなく。 「謙也君ー!小春君ー!!」 「ん?んおぉっ!?亜梨沙さんや!!」 「謙也、早く止めなさいよっ!」 私に気付かずにさっさと自転車で追い越して行ってしまった2人の背中に向かって叫ぶと、謙也君は方向転換してこれまた物凄いスピードで私の所まで戻って来た。ちなみに小春君は荷台に上品に座っていて、謙也君の腰にしっかりと抱き着いている。 「後姿で気付かんかったなんて不覚や…!」 「ほんと、さっさと行っちゃうんだもんー。学校帰り?」 「そうなんです!アタシ達の学校近いんですわー」 行きは蔵君、千里君、光君と偶然会えて、帰りはこの2人に会えて、ちょっとしたブルーなんてあっという間に飛んでった。ちなみに2人の高校はそれぞれ私の高校をもっと先に行った所にあって、さほど遠い訳では無い。 「折角亜梨沙さんに会えたんやしお店行こかなー!」 「ほんとっ?来て来て!私今日この後バイトだから!」 「ちょーど良かったわね、じゃあ行きましょ!」 それから2人は自転車から降り、私の歩調に合わせて歩き始めてくれた。思わぬ偶然に頬は緩むばかりで、お店までの時間が凄く短く感じた。 「他の皆とは別に約束してる訳じゃないんでしょう?」 「せやなー、これでおったらおもろいけどなぁ!」 「どこまでも以心伝心やねっ」 来ててほしいなぁとは思うけれど、朝から偶然続きなのに流石に皆が皆お店に来てるのはあり得ないか。という現実的な考えは口には出さず、私は2人の言葉に小さく笑ってからお店のドアを開けた。 ―――足が、また止まった。 |