「亜梨沙さん!」 「あ、光君!」 後日。 四天宝寺中学校の卒業式に来た亜梨沙は、式が行われる体育館の入口前にて一般、保護者の入場を若干緊張した面持ちで待っていた。そんな亜梨沙を人混みの中から見事探し抜いたのは、今回卒業式の係員として作業をしている財前だ。彼がこんな係を担ったのは意外だが、この学校には各部の部長は必ず係員を担わなければいけないという規則があるらしいので、恐らくその為だろう。でなければあり得ない。 などという雑談は置いておいて、財前は早速亜梨沙に駆け寄りいつもはクールなその表情を柔らかくした。 「ほんまに来てくれたんすね」 「勿論だよ、約束してたしね。光君、係員って何するの?」 「俺は校長に卒業証書を手渡す役をやるんすわ。ちなみに担当クラスは部長と謙也さんのとこ」 「うわ、なんか凄い!」 卒業証書授与式は、壇上にて校長と卒業生間の卒業証書の受け渡しが行われる。その受け渡しをスムーズにする為に校長の補佐をするのが今回の財前の役割で、それはつまり彼も壇上に、しかも校長と同じ位置に立つ事を表している。という事は必然的に、卒業生である白石と謙也の表情を間近で見る事になるので、亜梨沙はその事に対し楽しげな反応を示した。 「謙也さん泣かしたりますわ」 「謙也君なら本当に泣きそうだよねー。とか言って、光君も泣いたりして」 「…んなアホな」 亜梨沙の茶化しに財前は顔を背けて返事をしたが、案外満更でも無さそうな所がまた素直じゃない。それでもこれ以上茶化すのは流石に野暮だと悟った亜梨沙は、財前に「じゃあ頑張ってね」と声をかけ、彼を仕事に戻らせた。 それからしばらくして一般、保護者の入場が始まり、亜梨沙も例外なく体育館内に足を踏み入れる。在校生は既に入場を済ませてあるので1年生の方に目を向ければ、そこには笑顔で自分に向かって手を振っている遠山がいた。だからそれに控えめに応え、用意されていたパイプ椅子に腰を降ろす。 「続いて、卒業生の入場です」 館内にアナウンスが響き渡ると、吹奏楽部の繊細な演奏が始まった。1組から順々に入場してくる卒業生達(厳密に言えば彼ら達だけなのだが)の姿を、保護者と一緒になって亜梨沙も携帯で写真を撮る。 ―――それからはあっという間だった。四天宝寺中は他の中学とは違い、本来厳粛な雰囲気であるはずの卒業式もまるでお祭りのように賑やかで騒がしい。その事が関係してか生徒や保護者の中に感極まって泣き出すなどという人はおらず、亜梨沙と財前が言っていたような出来事は起こりそうに無い。それどころか、謙也が登壇した時には財前が彼に無茶ぶりをする始末で、そのくだらないギャグに校長から証書で叩かれるというツッコミを受けたのは亜梨沙の中では伝説になる事間違いなしだった。 「(こんな笑える卒業式絶対他に無いよー)」 他にも、小春が証書を受け取ってる所に一氏が乱入し2人でミュージカル並の歌声を披露したり、一発芸を求められた石田が突如般若心経を唱え始めたり、千歳の下駄が脱げたり(これはただの天然だが)、白石の投げキッスにより女子生徒が何名か鼻血を出したりなど、なんとも素っ頓狂な出来事が立て続けに起こった。しかもどれも自分にゆかりのあるテニス部が関係しているものだから、亜梨沙は最早爆笑の嵐で腹筋崩壊寸前だ。唯一癒された出来事といえば、遠山が副部長の小石川が登壇した際に「健ちゃーん!」と大声で言った際に、彼が照れた表情を浮かべた事くらいだろうか。亜梨沙は直接彼と関わった事は無かったが、そのはにかみ笑顔を見て話に聞く通り凄く良い人に違いない、と確信した。 「亜梨沙さーーん!!」 「卒業おめでとー!」 そして、卒業式終了後。校門前にて立っていた亜梨沙は、大声で自分の名前を呼びながら駆け寄ってくる彼らに対し大きく腕を広げた。1番最初にそこに飛び込んできたのは言うまでも無く遠山だ。 「ちょ、金ちゃん!お前が卒業するんちゃうのになんで1番に抱き着いとんねん!」 「早い者勝ちやー!」 謙也の抗議に周りは笑い、つられるように亜梨沙も笑う。 「亜梨沙さん式中笑いすぎけんね、俺ばっちり見とったばい」 「だって本当に面白かったんだもんー」 「亜梨沙さんったら笑い上戸なんだからっ!」 「ほんまやなぁ小春!」 「うむ」 次々に話しかけられる言葉に1つ1つ返事をしていると、ふいに頭の上に重みが乗った。この重みには覚えがある。そう思った亜梨沙は視線を上げて、その人物に目を合わせた。 「ほんま、わざわざありがとうございます」 「…ううん。私も言いたい事あって来たから」 「言いたい事、て?」 その人物とは、相変わらず亜梨沙に対しては優しすぎるほどの表情を向ける白石だった。次に亜梨沙の言葉に反応したのは財前で、その会話を区切りに彼らは一度大人しくなる。 「まず、卒業おめでとう。後、合格もおめでとう!正直皆のうちの誰か1人はウチに来るかなーって思ってたから、最初はちょっと残念だったの。でも今は心の底から言える、本当におめでとう!高校でも頑張ってね!」 彼らの真剣な眼差しに気恥ずかしさを感じたのか、亜梨沙はそこまでを一気に捲し立てて言うなり、未だ抱き着いて来ている遠山の体に顔を埋め表情を隠した。その行動を見て彼らは顔を見合わせ、笑う。 「こうなったら全員で抱き合えっちゅー話や!財前お前もやで!」 「は、なんで俺まで、って、ちょ!」 「ぎゅうぎゅうたいねー」 校門前で全員で抱き合い始めた彼らは、端から見ると抱擁というよりもおしくらまんじゅうに近かったが、亜梨沙を迎えに来た正人は遠巻きからそれを写真で撮るなり、彼もまた彼らと同じ表情を浮かべた。 |