「(意外やったなあ)」



大阪人にあるまじき、類稀なギャグ線の低さを持ち合わせとる社会科教師の雑談を耳に何となく入れながら、俺はふとそないなことを考えた。

ほんで、その意外、ちゅーのは亜梨沙さんのことで。

亜梨沙さんが印象的だったんは確かにあの状況も関係しとるけど、実は他にも理由があった。噂好きなおかんとか違う階の人から、「不倫で別れた母親と娘が越してくる」ちゅーことを聞いとったんや。俺はそーゆー噂とか別にどうでもええしそない気にかけとるつもりなかったんやけど、なんだかんだで頭の片隅では気になっとったみたいで。せやから朝亜梨沙さんと会った時、失礼やけどもっとやさぐれてる女が来る思てたからなんか拍子抜けした。いや、勿論良い方向にやけど。



「せやなー、ほな次のとこ一氏!解いてみ!」

「えっ」



あ、あかん何も聞いてへんかった!どないしよ思て助けを求めるように小春に目を向けるものの思いっきり逸らされてしまい、閉ざされた唯一の逃げ道に顔が真っ蒼になる。そりゃあかんて小春ぅうう!!

そのまま結局なんも答えれへんかった俺は、クラスの笑いと先生の呆れを一身に受けて授業は終わった。ものごっつい敗北感、まさか当てられるとは思わんかった。



「小春うー、助けてくれたってええやんかー!」

「どーせ朝一緒に登校しとった女の子のことでも考えとったんやろ、顔に出過ぎや」

「なんやねん嫉妬かいな!全くかわええなー小春は!」

「あ、謙也ーちょっとこいつシバいといてくれへんー?」

「お、2人とも!さっき財前からメール来たんやけど、放課後またあの甘味処行かへん?」



素直やない小春もかわええとして、たまたま俺達と同じように廊下に出とった謙也は、それまでの会話を全部スルーしてそんな事を言ってきた。小春の要求スルーってどーいう神経しとんねん、まぁシバかれんのはごめんやからここは目を瞑っておくけど。ちゅーかナイスタイミングやなぁ、亜梨沙さんとしたまた行くっちゅー約束、すぐに果たせそうや。



「確か昨日蔵リンあそこの店員のおばさんから割引券貰ってなかったー?」

「すっかり気に入られとったからなぁ」

「(あ、でも亜梨沙さん今日シフトなんやろか。…ま、多分いるやろ)」



今日は何食おかなー、あ、亜梨沙さんにオススメ聞こ!

授業開始のチャイムが鳴り響く中、小春と謙也とはまた別の意味で浮かれながら、俺は1人でそんなことを思った。早く放課後にならへんかなー。



***



15時過ぎに学校が終わって、バイトは16時から閉店の20時まで。でも今日は初日ということもあって色々覚えることも多いはず、そう思った私は少しでも早く着く為に甘味処までの道のりを走っている真っ最中だ。



「おはようございます!」

「あ、おかえりー亜梨沙ちゃん。裏に制服用意しといたからねー」

「はい!」



そうするとすぐに甘味処には着いて、とりあえず入るなり店内全体に聞こえるように挨拶をすると、キッチンの方から店長の声が聞こえた。で、それに従って次は裏へ足を運ぶ。おかえり、ってあったかいなぁ。



「あら亜梨沙ちゃん、学校お疲れ様」

「戸田さんもお疲れ様です」

「やっぱりブレザーは可愛いわねー、そのハリのある足ちょうだいよ!」



裏に入ると、休憩中の戸田さんが煙草を吸いながら私の足を見てそう言ってきた。そんな特別良い足してるわけでもないんだけどな、と思い笑いながら返事をする。

畳に鞄を置いてふと横を見れば、そこには新しい制服、簡易着物がかけられていた。戸田さんが着ているものよりも色味が鮮やかで、え、これがもしかして私の制服?と頭の中に浮かんだ予想に胸がワクワクする。



「店長、亜梨沙ちゃんみたいな若い子雇うの初めてだからって張り切って新調してきたみたいよ、その着物」

「えっ!?私のためだけに?」

「ほら、店長って世話好きだから。私も3年前ここに来たときこの着物新調してもらって感動したわー。亜梨沙ちゃん、きっとその色似合うわよ」



戸田さんはそう言うと煙草を灰皿に押しつけて、私に優しい笑顔を向けた後仕事に戻っていった。…や、やばい。感動して柄にもなく泣きそう、だってこんなに優しくしてもらえるなんて思ってもなかった。東京の冷たさに慣れてたから、大阪の暖かさが凄く心に染みる。

私は記念にその淡いピンクがベースの着物を着た自分を鏡から写メって、そして軽く化粧を直していざ表に出向いた。よし、がんばるぞー!
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