という会話を交してからあっという間に1週間が経ち、いよいよ三者面談の日が来た。



「なんっかなー…」



時刻はちょうど昼時。私は今、鏡の前の自分と睨みあっこしている。お母さんは仕事、正人は学校に行っているから勿論家には私1人しかいない。で、そろそろ家を出なければいけない時間なのだけれど、どうにも見慣れないこの姿がなんだか恥ずかしくて、中々玄関を出る勇気が出ない。

その格好というのは、お母さんが用意してくれたスーツだ。至ってシンプルなデザインのそれは、まだまだ子供な自分にはどう頑張っても浮いて見えて仕方ない。昨日正人とお母さんの前で着た時は全然違和感無いよ、と言ってもらえたけれど…正直、こんなちんちくりんな姿知り合いに見られたくないなぁ。確かに校舎内を違う制服で歩けば目立つ事間違いなしだから、この気遣いはありがたいっちゃありがたいんだけどー…ってあぁーもう、ウダウダ言ってもどうにもならないか!

ようやく心を決めた私は、これまた慣れていないヒールを履き、せめてもの見栄を張るために背筋をピンと伸ばして家を出た。…虚しいとか言わない!



***



「三上」

「お、幸村だー」



空き教室にて自分の面談の順番を待っていた正人の元に、同じクラスで彼の友人である幸村がやって来た。幸村はもう面談が終わったのか、手には先生から渡されたであろう前回のテストの成績表が持たれている。



「げ、やっぱ幸村超頭良いんだなー。ほぼ満点ばっかじゃん」

「まぁねー」

「うわ、自慢出た出た!」



得意気に鼻を高くする幸村に正人が冗談でからかえば、2人の間には笑い声が響き渡る。そして幸村は正人の隣に腰を降ろし、話し込む体勢に入った。



「もう後輩指導行ってねぇの?」

「今の時期は室内で筋トレがほとんどだしね、それくらい自分達でやってもらわなきゃ困るよ」

「んまーなー。てか幸村はこのまま立海行くのか?」

「そのつもり」



その話の流れで「田代は、」と言った所で、幸村の口は閉ざされた。恐らく気遣ってくれたのだろう、彼の思惑に気付いた正人は苦笑しながら返事をする。



「気遣わんくて良いって。自分で決めた事だし」

「そっか。あっちでも元気でね」

「おーよ」



微妙な所で話が止まった時、タイミング良くそこで自分の名前を呼ぶ聞きなれた声が聞こえ、正人は内心安堵する。声がした方に目を向ければ、そこには予想通りいつもとは違う姿の亜梨沙がいた。



「ごめん、遅かった?」

「まだ時間あるから大丈夫。姉ちゃん、全国大会の時に会ったテニス部の部長」

「えーっと、幸村君だっけ?」

「こんにちは」



亜梨沙は2人から見て向かいの席に腰を下ろし、手櫛で髪を梳いたりと身なりを整え始めた。保護者代理で来ているという名目が、彼女を緊張させているのだろう。



「そんな緊張しなくても大丈夫だって、俺達の担任適当だし」

「三上の言う通り、気張る事無いですよ」

「そ、そうかな?」

「んじゃちょっと俺トイレ行ってくるわー」



そこまで話した所で立ち上がって行ってしまった正人の背中を、亜梨沙は困ったような顔で見つめる。



「(こんなイケメンと急に2人きりにさせないでよー!)」



その顔の真意はこのようなものだった。いくら四天宝寺の面々に懐かれているとはいえ、彼らと幸村ではノリも振る舞いも全く違う。確かに年下ではあるが、幸村のような早々いない顔立ちの男に会えば動揺してしまうのも無理もない。

しかしそんな亜梨沙の想いとは裏腹に、幸村はいつものマイペースさを一切崩すことなく口を開き、彼女に話しかけた。



「あんまり似てませんね、三上と亜梨沙さん」

「え?あ、あぁ。うん、それよく言われる。顔も中身もあんまり似てないって」

「でもあいつも女子にモテるんですよ」

「うっそ!?正人が!?ていうかあいつも、って、私モテないからね」

「四天宝寺の奴らに懐かれてたじゃないですか」

「あれはまた違うよー」



とはいっても、一度話が弾めばその気まずさも無くなるもの。2人は正人が帰ってくるまでの間の時間を、他愛も無い会話で埋めた。



「そういえば。…正人、学校でもちゃんと元気にやってる?」

「はい、心配する必要無いですよ」

「そっか、良かった」

「姉ちゃん、そろそろ時間だぞー」



数分後、トイレから帰って来た正人のその言葉を合図に2人は空き教室から出て、幸村に別れを告げ面談に向かった。



「(四天宝寺の奴らが懐く気持ちも三上がシスコンになる気持ちも、なんとなくわかる気がするなぁ)」



楽しげに歩く2人の背中を見て幸村は口元に笑みを浮かべ、そんな事を思っていたとか。
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