「いよいよやなぁ」

「…せやなぁ」

「なーに暗い顔しとんねん。心配せんでも明日になれば会えるっちゅーに」



見るからに気落ちしとる謙也の肩を叩いてそう言うと、浴場からはタイミング良く財前と千歳が出てきた。

今俺達は、東京にあるちっさい宿屋の広間でくつろいどる。ホテルなんて大層なとこは泊まれへんけど、まぁこんくらい庶民的な方が逆に落ち着いてえぇのかもしれへんなぁ。…ちゅーのはおいといて。全国大会前日っちゅーのになんやねんこのテンション。おかしいやろ。心の中で盛大にツッコんだ後にもう一度謙也に目を向けるけど、相変わらずその表情は曇ったままやった。



「謙也さん落ち込んどるんすか?ダサいっすわ」

「こーら財前、もっと言葉をオブラートに包まんとあかんばい。謙也は傷付きやすいとね」

「ううううっさいわ!!」



4つあるうちの椅子の向かいに謙也、その隣に財前、俺の隣には千歳が座る。そして財前はそんな謙也の様子を見て早速毒を吐いたけど、自販でジュースを買って悠々と飲むこいつらは案外余裕そうで、俺的にはそれが意外やった。



「謙也並に財前もソワソワするんちゃうかと思っとったけどなぁ、予想外や」

「白石、こいつ風呂ん中でずっと亜梨沙さん亜梨沙さん言っとったとよ」

「だって気になるし」



前言撤回や。ただ単に開き直っとるってだけで、別に余裕ってわけではあらへんみたいやな。



「でもえぇかお前ら、俺達が此処に来た本来の目的は亜梨沙さんではないで」

「…そんなんわかっとる、わかっとるけど」

「精一杯テニスを楽しんだ後や。亜梨沙さんもテニス並に大事やけど、優先順位は守らなあかん」



そろそろこのままじゃ埒が明かないと思った俺は、いつまでも何かを引き摺っている謙也に、そして、自分にも言い聞かせる為にそんな事を口に出した、実際問題、今は1つのことに集中せなあかんのが事実や。だって俺らその為に今まで頑張ってきたんやし。大丈夫や、それまで亜梨沙さんは崩れへん。絶対大丈夫。それが願いなのか本心なのかは、既に自分でもわからんかった。



「亜梨沙さんも、俺らがテニスを蔑ろにしたらそれはそれは怒るばいねぇ」

「…そうっすね」



そう、亜梨沙さんはそういう人や。いっつも俺らのことを見守ってくれる。せやからその恩返しは、やるべきことをちゃんとやった後に倍にして返したい。で、そうする為にはまずやるべきことを全力でやらなあかん。

同じようなことを何回も考え過ぎたせいでごちゃごちゃになってきた頭を、一度整理するように軽く振る。すると財前はそれと同時に一足先に立ち上がり、ポケットから携帯を出して階段に向かい始めた。



「ほんなら俺さっさと寝ますわ、亜梨沙さんにメールして」

「会場の場所とかちゃんと伝えないかんたい」

「せやな、迷って試合に間に合わんかったら元も子もあらへんからな!」



んで、そうこうしとるうちにもう消灯時間間近になっとって、俺らも各々の部屋に戻ることになった。戻ったら同室の小石川と明日のことについて色々話さなあかんし、ほなここらでお開きとしまっか。

…なぁ、亜梨沙さん。俺らは年下でガキやから頼りないかもしれへんし、亜梨沙さんのことそんな知っとるんかて聞かれたらあんま自信満々に頷けへんけど、みーんな亜梨沙さんのことごっつ気にかけとるんやで。せやから、遠慮しないで甘えて下さい。解決は出来んくても受け止めることは出来ます。全員がアホやから笑かすことも出来ます。

せやから、…せやから。
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