08

「よ、姉ちゃん」



ようやく辿り着いた駅の改札前にて出迎えてくれた正人は、片手を挙げながら笑顔でそう言って来たけど、その笑顔が取り繕っているものだと一瞬にして察知してしまった自分が憎い。でも、私はあえてそれに気付いていないフリをして、同じように笑顔を取り繕って正人の隣に並んだ。



「お父さん家にいるの?」

「おう。新しい人とな」

「…へぇ」



そこで正人から発された言葉に、今まで出した事の無いような冷たい声が口から漏れ出た。娘が大阪からわざわざ足を運んで来たっていうのに、お父さんはどうやらそこまで向き合う気は無いようだ。まぁ浮気をしても尚開き直るような人だし、あまりにも真面目に対応されてもそれはそれで違和感だけど。

今日こうやって此処に来るまでの間、色んな想いが自分の中で駆け巡った。お父さんはあれからどんな風に変わったんだろう、新しい人はどんな人なんだろう、お母さんのことはどう思ってるんだろう、正人のことは、私のことはどう思ってるんだろう。でもどれだけ考えてもそれは全部会わなきゃわからないことで、考えても仕方ないことで。…とはわかってるのに、正論とは裏腹に疑問は広がってくばかりだった。



「なぁ、姉ちゃん」

「ん?どうしたの?」

「…やっぱさ、今日やめね?」

「え?」



確かに、今まで溜め込んで来た疑問が一気に晴れるのは、すっきりはするだろうけど怖くもある。それは百も承知だけど、まさか正人が今になってそんな事を言うと思ってなかった私は、その見え見えの作り笑いを目を丸くして見つめた。



「姉ちゃんこっちに1週間くらいいるんだろ?しかも、明日は前甘味処で会った奴らの大会見に行くんだろ?」

「そ、そうだけど」

「なら今日わざわざ行く必要ねぇじゃん。全部楽しんだ後でいいじゃん」



捲し立てるように色々な理由を付けて、強引に意見を押し通してこようとするその様子は、普段の正人からは滅多に見られない。でも、私はどういう時に正人がそういう行動を起こすのかを知っている。怖い時、だ。



「わかった。じゃあ久しぶりに色々どっか行こっか」

「おう!」



正人のことだし、きっと直接そう言っても否定するのは目に見えている。だから私は正人に合わせるように笑顔を作って、とりあえずお昼ご飯として近場のレストランに入ることにした。ホテルのチェックインは15時。レストランの後適当にぶらぶらしてから行けばちょうどいいだろう。…あ、最初からこの予定にするつもりだったから正人こんな大荷物なのかな。1回家に荷物取りに行かなくてもいいように。あの2人が居る場所に極力踏み入らなくてもいいように。

その事に全部気付くなり、私は一気に正人に対して申し訳ない気持ちになった。いくら9月にこっちに来るとはいえ、それまでの間正人は1人であの場に耐えなきゃいけない。学校ももうこの時期に転校するわけにもいかないから、行き帰り何時間もかけて通わなければいけない。弟にばかり負担をかけさせてしまってる自分がやるせなくて情けなくて、私は思わず正人から視線を逸らした。それでも異様に明るくご飯を食べて美味しい!、と笑顔を向けてくる正人が優しすぎて、どうすればいいのか余計わからなくなった。

あぁ、皆に会いたい。
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