「正人もおるのにこない早く再婚とはなぁ。驚きやわ」



正人がこっちに遊びに来た本当の目的は、私とお母さんにお父さんの再婚を伝える為だった。あの日、私のバイト中にそのことを聞いた後、帰ってから2人でお母さんに話した。お母さんはその時は「そう」、としか言わなかったけど、あれから日が経った今、ようやく気持ちに整理がついたのか自覚したのか、よくこうやって話を切り出すことが多くなった。その時のお母さんの表情は決まって自虐的で、本人は笑いながら話してるけど見てるこっちは相当居た堪れない。

バイトは店長の気遣いのおかげで今は出なくて済んでいる。まだ働き始めたばっかなのにこんな個人の都合を考えてくれるなんて本当にありがたい。だって、今営業スマイルなんて絶対出来る自信無いもん。



「正人、9月にこっち来るんやろ?あの物置き部屋片付けなあかんな。亜梨沙も手伝い頼むで」

「うん、勿論」



再婚のことを口にした正人の表情は、今のお母さんの表情によく似てる。正人が浮気したお父さんに着いて行った理由は、それでもお父さんを1人にしたくないから、という健気なものだった。浮気なんて最低、と頭ごなしにお父さんを否定した私よりよっぽど正人の方が大人だ。そんな正人の心情を知っているからこそ、こんなに早くさっさと再婚を決めたお父さんが私はやっぱり許せない。



「ねえお母さん」

「んー?なんやー?」

「私、お父さんと会ってくる」



だから、許さない。

私がそう言うとお母さんはなんとなく予想がついていたのか、「そか」、と一言呟いた。来週から、学校は夏休みに入る。香菜子達にもかじる程度だけど何があったかは話してるし、いざとなったら私には頼れる場所があるから大丈夫だ。───頼れる場所、といえば。



「(皆にも話すべきだよね)」



言わずもがな、皆、というのはあの面白くて可愛い男の子達のことだ。私が最近姿を見せていないことに関してわざわざメールや電話をして来てくれてるというのに、当の本人である私からは何1つ話せてない。それは、皆が全国大会前で忙しい時期だから迷惑かけちゃいけないっていうのもあるけど、1番の理由は…皆に全部を話すと、甘えすぎちゃいそうで怖いからっていうのが大きい。普段はあんな自由奔放な感じだけど、いざという時は支えになってくれることくらい実体験がなくても想像が付く。だからこそ怖いんだ。香菜子達は私が話し出すまで待ってくれるけど、皆は待つことを知らないだろう。全力で心配してくれて、全力で支えようとしてくれる、それが…何度も言うけど、怖いんだ。



「いつ行くん?」

「来週。そのままあっちに何泊かしてくるよ、正人とホテルでもとって」

「せやな、ホテルの手配はお母さんしとくで。多分正人今1番辛い時期やし、姉のあんたがいてやらなあかんな」



それはお母さんにも言えることだけど、ていうのは心の中で思うだけにしとく。お母さんは絶対に私や正人に弱い所を見せようとしない。でも、それじゃ壊れちゃう。此処はお母さんの故郷だし友達もたくさんいる(引っ越した時、親友と家が近いって喜んでたし)。だから、お母さんも誰かに甘えて、泣くのを我慢しないでほしい。…んー、お母さんの性格上泣くのもなんとなく想像つかないけど、それでも無理してるのは私から見てもわかるし。まだお父さんのことが好きだから辛い、とかそういうんじゃなくて…まぁ、それは詳しくはお母さんにしかわからないか。



「じゃあ私食器洗っとくからお母さんお風呂入ってきて良いよ」

「おおきにな」



そして夕食を食べ終え、私達は席を立ってそれぞれのことをやり始める。と、その時。机の上に置いてあった携帯が振動した。



「…え、」



メールの相手は光君だった。「あそこの店員さんから理由ちょっとだけ聞きました。勝手にすんません。でも、ごっつ心配です。来週俺達全国大会やから亜梨沙さんの側におれんのが悔しすぎます。亜梨沙さん、会いたいです」…珍しすぎる光君の長文(までいかないかな?)メール以上に、その内容に驚く。戸田さん、言っちゃったのか…いや、でも戸田さんに悪気はないだろうし、口止めしてなかった私も悪い。でも…欲を言えば、言うなら自分の口からちゃんと言いたかったかも。あれだけ躊躇しといてなんだけど。

てか、来週って。



「なんか…結局知らぬ間に支えられてるっていうか…」



思わず肩がガックリと下がる。神奈川にある家から東京までは電車で行けばすぐに着く。本来の目的とは全く違うけど、1番辛い時に皆と会えるだけで少しは元気になれる気がする。テニスの全国大会と私の家の事情なんてちっとも繋がってないんだからこれは完全なる偶然だ。でも、その偶然に感謝せずにはいられなかった。

これで来週は完全に大丈夫だ、強くいれる、私はそう確信した。



***



「部長ーー!!!」

「な、なんやねん急に?」



朝練が始まる直線の時間、俺は叫びながら部室のドアを開けて、更には挨拶も無しに部長に飛びかかった。俺のこの姿に、部長だけやなくて先輩ら全員がビビッた顔をする。何故か飛び跳ねとる金ちゃんには思わずツッコミそうになったけど、そんな事をしとる暇は無いので早速本題に入る為再び口を開いた。



「来週、亜梨沙さんも行くって!俺達一緒におれますって!亜梨沙さんの!一緒に!」

「ちょお待て、落ち着き、言っとること無茶苦茶やで」

「亜梨沙さんに何があったかわかったん!?」



息切れして話す俺の背中を部長がなだめるように叩く。そうしとる間にもユウジ先輩を筆頭に全員が俺の発言に食い付いてきて、一瞬にしてもみくちゃにされた。つい最近まで生気が抜けたようにしとったんに、亜梨沙さんの名前が出るなり急に覚醒し始めた先輩達を、邪魔な気持ち一心で睨み付ける。



「あーわかったわかった俺から話すで。…昨日財前と甘味処行ったんやけど───…」



部長は興奮する先輩らと金ちゃんを1回抑えて、淡々と昨日の出来事を話し始めた。その間に俺は亜梨沙さんとのメールを読み返して、頭の中で内容をまとめる。よし、これで大丈夫や。俺がそう落ち着いたと同時に部長の説明も終わって、ようやく話が出来る環境が整った。



「…てなわけやったんだけど、そんで何があったんや財前」

「はい。俺、昨日の夜我慢出来んくて亜梨沙さんにメールしたんす。俺達来週から全国大会行くから、亜梨沙さんが辛い時に側におれんのが辛いて」

「ド直球ばいねぇ」

「ほんだら亜梨沙さん、私も行くて」



「は?」という間抜けな声が幾重にもなって耳に入る。でも俺はその反応にも構わず、とりあえず言いたい事を淡々と紡いだ。



「なんでも、亜梨沙さん大阪に来る前は神奈川におったらしいんすけど、親父さんと話す為に来週その神奈川に行くらしいんっすわ。電車使えば神奈川と東京なんてすぐやし、だから、俺達に会えるて。そん時詳しいこと全部話すて」

「凄い偶然ね…でも良かったわ!やっと会えるんだもの!!」

「亜梨沙さん、元気やろか」



小春先輩の言葉に全員一瞬顔が綻んだけど、謙也さんの言葉でまたいかつい顔になる。空気の読めない謙也さんに対して喝を入れるようにどつけば、自分が何を言ったのか気付いていないのか「なんやねん!」と顔を真っ赤にして怒鳴って来た。鈍感うざいっすわー。



「ワイ早く亜梨沙に会いたいー!亜梨沙が元気あらへんなら、ワイが元気にするー!」

「せやな、頼もしいで金ちゃん」

「心強いとね」



…でも、ま、金ちゃんの能天気さが今は救いやな。

兎に角、やっと亜梨沙さんの傍におることが出来るようになるんや。今までは躊躇して何も出来ひんかったけど、こうなった以上全力で支えなあかん、むしろ支えたいって思う。思えば、亜梨沙さんとの関係なんてただの客と店員っちゅーだけやのに、なんっかそれだけで済ませへんのはなんでやろ。そんな答えに辿り着きようの無い疑問を一瞬考えた所で、まぁ亜梨沙さんにはよ会えればええわ、と思い直した。
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