07

「…ほんま、どないしたんやろなぁ」



財前の呟きに対し、隣にいる白石は何も言葉を返せずにただただ押し黙った。場所はお馴染の甘味処だが、そこには他のメンバーはおろか亜梨沙もいない。



「打ち上げ以来見かけへんなぁ」

「会いたくてしゃーないんですけど」

「そんなん全員一緒やろ」



2週間ほど前───関西大会で見事優勝した彼らは、府大会優勝後に白石が約束した通り、打ち上げ後のシメとして此処に訪れた。亜梨沙の彼氏説も潔白だったことがわかり、優勝もでき、彼らのテンションは最高潮だった。



「そえばあん時も亜梨沙さん微妙に元気なかったっすわ」

「せやなぁ、思い返してみれば。…何あったんやろ」



優勝の件に関しては亜梨沙も勿論祝福してくれた。しかし、その日以来彼女は此処に働きに来ていない。次の全国大会に向けて再び朝練が始まった為、一氏と一緒に登校することもしばらくはない。つまり、彼女が此処に来ない限り連絡の手段が無くなってしまうのだ。厳密に言えば携帯でのやり取りも可能だが、問いかけても返事は何でも無いよ、の一点張りでロクな情報は掴めていない。



「しゃーないわ、明日も朝練やし帰るで財前」

「…もおちょい」

「ざーいーぜーんー」



合間を縫っては誰かが来る日々が続いているが、亜梨沙は一向に姿を見せないどころか現れる気配も無い。いよいよ本気で心配になって来た財前は、そこから離れることを拒むように机にべったりと上体を預けた。それを引っ張り、店から出ようとする白石の苦労は計り知れないだろう。



「あの、2人共」

「あ、すみませんうるさいですよね。ほら財前、いい加減にしぃ」

「いや、そういうことじゃなくて」



その時。様子を見兼ねた店員の戸田が、眉を下げた情けない表情で2人に話しかけた。てっきり注意だと思っていた白石は面食らったような顔をし、首を傾げる。



「亜梨沙ちゃん、多分しばらく来れないわ」

「どういうことっすか」

「財前、落ち着き」



ガタン!、と椅子から勢いよく立ちあがり戸田に迫る財前を、再び白石が抑制する。そして落ち着いたところで戸田がもう一度口を開く。



「なんか家庭の方が今色々あるみたいで…この前バイト中に具合悪くなっちゃって、泣き出したの」

「…そないなことがあったんですか」

「幸いウチの店はあんま混むことないし、気持ちと事情が落ち着くまでしっかり休んでいいって店長が言って。亜梨沙ちゃん頑張り屋だから、これだけ休むってことは多分相当なんだと思うわ」



思いがけない戸田の言葉に2人は思わず沈黙になった。一氏から亜梨沙が母子家庭だということは聞いてたが深い事情までは知らず、この前弟が遊びに来ていた事から亜梨沙自身が誰かと仲違いしているわけではないものだと勝手に思っていた。



「亜梨沙ちゃんのこと、支えてあげてね」

「…どうも、ごちそうさまでした」



会計を早く済ませて、2人は重い空気のまま甘味処を出る。刹那、走り出そうとした財前をやはり白石が腕を掴み止める。



「部長っ、だって…!」

「俺らが行って何になるん」

「でも!」

「ちょお落ち着こうや。今日はこれで解散。また明日な財前、遅刻するんやないで」

「部長!!」



珍しく感情的に叫ぶ財前を無視し、白石はそのまま1人彼とは逆方向の帰路に着いた。財前は下唇を真っ白になるまで噛み、感情を押し殺し、やがて歩き始めた。
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