本当は納得なんて全然出来てないのに、嫌われるのが怖くて無理矢理そう思い込んでいただけだったんだと思う。 「え、あんたと景吾が?」 「やっぱり驚かれると思った」 いつも通り香月とカフェテリアでコーヒーを飲んでいる時、唐突に昨日の話題を出せば予想通り香月の表情は驚き一色になった。昨日はあれだけ泣いたのに、今じゃまるで他人事のような気分で自分でも変な感じだ。 「高校の頃にしたような喧嘩とはまた違うみたいなの?」 「というか、喧嘩ですら無いんだよ、そもそも」 そう言えば当たり前のように首を傾げられるものの、実際この状況がなんなのかは私も説明しようが無かった。喧嘩と言うには理由がモヤモヤしすぎている。それならいっその事、思いっ切りお互い言いたい事を吐き出せた方が何倍も良かった。今日の朝、侑士も景吾から聞いたらしくて大丈夫かと話しかけて来てくれたけど、やっぱり詳細は聞いてないみたいだ。そりゃそうだよ、私達、分からない事だらけだもん。 「全部何とかなるって思ってたけど、それだけで片付けちゃ駄目だったんだよ」 「でも、そんな適当に付き合ってるようにも見えないけど」 「勿論適当じゃない。ただ、私が甘えすぎてた」 自分にも景吾に対しても、この環境は無くならないものだとばかり過信して、都合の悪い事からは逃げていた。 「思い返してみれば、景吾の事あんまりよく知らないの」 景吾はいつでも私を心配してくれて、助けてくれて、安心させてくれて、何より好きでいてくれてた。喧嘩もしたし、優しい景吾も怖い景吾も知ってる。 でも、それだけだ。 逆に私が何か景吾の手助けを出来ていたのか考え直すと、いつも私が甘えるばかりで全然そんな事は無かった。きっと優しい景吾の事だから気にするなってフォローしてくれるんだろうけど、そこにまた私が甘えたら、ずっと同じ事の繰り返しだ。 「少し自惚れてたかもしれない」 「だってあいつそれほどあんたの事好きじゃない」 「そういうのじゃなくて、」 「何より、そういうのを1番伝えて欲しいって思ってるのはあいつなんじゃないの」 それも知ってるよ、知ってるけど、でも。言い訳だけなら一丁前に出てくる自分に嫌気が差して、香月の視線から逃げるようにコーヒーを煽る。香月はそんな私の頭を何も言わずに撫でてくれたのに、一向に顔をあげる事が出来なかった。 *** 守りたいものがある。そう決めたから、この道を選ぶ。 「Thank you for listening.」 レポート発表をし終え礼をすると、まばらな拍手が講堂に広がった。友人の笑顔や声かけに軽く対応しつつ、そのまま自席に戻り一息吐く。そしてまた、続いて発表される他のレポート発表だけに意識を傾ける。まるで何かから逃げるように、それだけに集中出来るように前を向く。 30分程で全員の発表が終わると、授業終了のチャイムが鳴り生徒達は一斉に立ち上がり講堂から出て行った。俺はそんな様子を1人で眺め、全員が出て行き講堂内が寡黙に包まれたのちにようやくそこを後にした。時刻は21時、校内で最後の講義だったのか、廊下は静まり返っている。流石アメリカなだけあって、その雰囲気を利用して何やら寒い言葉を囁き合っているカップルもいるが、そんなのには何の興味も示さずに颯爽と校門をくぐる。 そうして校舎のすぐ近くにある寮へ足を進めていると、急にポケットに入っている携帯が震動したので無造作にそれを取り、画面で相手を確認する。するとそこには意外な人物名が映し出されていた。急に何だ、と不審に思いつつも電話に出る。 「急に何だ」 「よ、お疲れさん。今大丈夫か?」 「大丈夫だが」 相変わらずの軽口な物言いに、つい苦笑がこぼれる。電話の相手は仁王だった。 「そっちでも元気にやっとるんか」 「当たり前だ、その為に来たんだからな」 「さっすが跡部様、頼もしいのう」 「何の用だ?」 さっさと本題に入らない仁王に対し、俺は少しイラついた声色で先を促す。すると仁王は「すまんすまん」と全く気持ちが込められていない声色で言った後、次は低いトーンで俺の名前を一度呼んだ。そして、 「決めた事はやり通さなきゃいかんぜよ」 まるで、体に電流が走ったような感覚に陥る。それは多分、いや、間違いなく、その言葉が俺の核心に触れたからだった。 「お前、何で」 「泉から特別何かを聞いた訳じゃなか。でも、たまたまこの前ばったり会っての。あの様子見てればすぐに分かる」 「…そんなにか」 「俺から言えんのはこんだけ。国際電話は通話料金が馬鹿にならん、切る」 おい、と引き止める俺の叫びも虚しく、耳元には無機質な音だけが流れる。 講義にあえて集中する事で考えないようにしていなかった分、こうも唐突に来られると戸惑う所がある。だが、いい加減そうやって言い訳するのも止めた。昨日あれだけ考えたのだから、もういつまでも行動に移すのを躊躇っている暇は無い。他人から見た時にこの答えがどう映るかは知らねえが、そんな事はどうでもよく、ただ泉に分かってもらえればそれで良い。と強がってはみるものの、最悪の結果を予想しては怖がる情けねえ自分もいた。 |