「泉!」

「あれ、ジロー。どうしたの?」

「俺この空き講だから、暇で来ちゃったー」



講義が終わり新しく出来た友達と挨拶を軽く交わして、私も鞄に教科書類を詰めて帰り支度をしていたら、急に目の前にジローが現われた。突然の事に驚きつつもとりあえず素直な疑問をぶつけてみれば、まぁただ単に暇だっただけのようで返って来たのはそんな答えだった。



「泉この後講義ある?」

「ううん、私もしばらく空くよ。どっか行く?」

「うん!」



意気揚々と隣を歩き始めたジローは、なんでもこの前ハギが紹介してくれたカフェに行きたいとかで、学校から出るなり細い裏道に足先を向けた。あまり人気の無い静かな道中でも相変わらず元気なジローを見ているとつい高校の頃に戻ったような錯覚に陥るけれど、まぁ、そんな事は無い。



「穴場的な感じだね」

「滝が好きそうでしょ?」

「うん、間違いない」



そうして歩く事10分もしないで着いたそのカフェは、若干古風な雰囲気が漂う、カフェよりも喫茶店と言った方が似合いそうなお店だった。ハギが此処で1人本を読んでいる光景が簡単に頭の中に浮かんできて、ジローと目を合わせ笑う。とりあえずお互い適当にランチセットを頼んでから、ふうっと一息。



「そんで、どう?」

「どう、って何が?」

「勿論跡部との事だよー」

「皆聞いて来るけど、相変わらず仲良しだよ。特に変わりなく」

「そっか、そうだよねー。跡部と泉が喧嘩なんてするはず無いよねー」



確かに周りから見てもそう思われるくらいには仲良しだし、上手くやっていると思う。



「2人って過去の話とかした事あるの?」

「過去の話?子供の頃の話とか?」

「違う違う、そっちじゃなくて、元彼元カノの話とか!」



とジローが言ったと同時に先にドリンクが運ばれて来て、私達の会話は一度途切れた。私はミルクティー、ジローはオレンジジュースを各々一口含んでから、また話は戻る。



「そういう話はあんまりした事無かったなぁ。あぁ、なんかジローに言われたら気になって来た」

「でしょでしょー?」

「でもこういう話って景吾から直接聞いた方が良いのかな?」

「うーん、跡部の事だから不機嫌になりそうだC」

「だよね。じゃあジローちょっと教えてよー」



私の過去の話は高校の頃にした事があるので割愛し、ねだるように問いかけてみるとジローは「どうしよっかなぁー」と悪戯な笑みを向けて来た。それに2人で一度笑ってから、話は本題に入る。



「跡部はねぇ、昔っから兎に角モテモテだった!」

「それはずっと変わらないだろうね」



景吾ってたまに人とズレている所があるけど(氷帝コールやっちゃったり、自分で自分の事俺様って言っちゃったり)、それがサマになるくらいのカリスマ性があるからあんなに支持されるんだと思う。勿論嫉妬だってあるにせよ、それでも好意的に捉えられる事の方が多いんだからやっぱり凄いよなぁーなんていう私の意見は今は置いといて。



「1番女の子と沢山付き合ってたのは、高1の頃だったかなぁ」

「そうなんだ」

「でもね、絶対笑わないの」



とそこで当時を思い出してか、ジローの表情が少し曇った。




「女の子の前では勿論だけど、俺達の前でも滅多に笑わなかった」

「え、景吾が?」

「そうだよー。泉の中の跡部と昔の跡部じゃ、かなりギャップがあると思う」



とはいえ私は皆と会って実際まだ1年ちょっとしか経ってないんだし、皆の方が景吾について色々知ってるとは思うんだけど…そこは口には出さず、そのまま黙って聞く。



「だから俺達は今でも、跡部って泉の事好きになってから本当によく笑うようになったよねって話してるんだよ!」

「…景吾ってそんなに前から私の事好きでいてくれてたの?」

「あ、これは跡部から聞いてー」



出来ればそこも詳しく聞きたいんだけど、それもまた食事を運んで来た店員さんによって遮られた。美味しそうな匂いが一気にその場に充満し、一度話を中断してそれぞれ食事にありつく。



「わぁ、美味しいー!」

「でしょでしょー!?俺前来た時美味しすぎて叫んじゃったC!」

「あはは、ハギが笑ってるのが目に浮かぶよ」



そうしてそれなりにご飯を堪能した所で、ジローはまた話の続きを始めた。



「泉に何かあったら、嬉しい時も心配な時も跡部が1番反応してたの。あんな跡部見るの俺達本当に初めてでね」

「なんだか、人づてにそうやって聞くと照れるね」

「だから俺達、2人には本当に幸せになって欲しいんだ」



少し静かになったジローの声のトーンが気になって顔を上げると、私を見つめているその目は真剣そのものだった。



「遠距離って俺達が想像してるよりずっと難しいんだろうけど、泉と跡部なら絶対大丈夫だからね。なんか出来る事あるなら、力になるからね!」



そんな暖かい言葉をかけられるとは思ってなくてつい反応が遅れると、ジローはその間に「さー食べよ食べよ!」とまたご飯を頬張り始めた。だから相槌を打つ機会は失っちゃったけど、私も同じようにフォークを持ち直す。

景吾と離れてから、心の何処かで私が頑張らなきゃ、私が1人で頑張らなきゃってずっと思ってた。でも、私には皆がいるんだ。口に出さずとも私の不安を読み取ってくれて、更には励ましてくれたジローにはなんとお礼を言えばいいのかな。そう思いながら目の前のジローに改めて目を向けると、口の周りにいっぱいソースをつけながらニッコリと屈託のない笑みを向けて来た。それにつられて、私も噴き出すように笑った。
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