季節が流れるのは本当に早い。皆と出会ってからはいつも走りっぱなしで、その中で何回も転んだりした。行き先が定まんなくてたくさん迷ったりした。でも、走るのをやめる事だけはしなかった。



「懐かしいー!」

「だな」



先日氷帝大学を無事卒業した私は、相変わらず仕事にも何事にも全力の充実した日々を送ってる。そんな状況だから生活は中々慌ただしかったけど、今日はやっと丸1日オフを取れた。嬉しい事に今日は景吾も午後から休みだから、2人で懐かしの母校、氷帝学園高等部に来た。



「高校卒業してから1回も来てなかったのか?」

「1年の時は鳳君達の様子を見に来たりもしたけど、次の年からは3人も入学してきたし、特に行く用事も無かったからね」

「確かにな」



生徒達は春休み中だからいないけど、学校自体は開放してるから中に入るのは容易い事だった。スリッパを履いて、途中すれ違った先生達と立ち話なんかをして。通常より数倍の時間をかけて、私達はようやく目的地に着いた。



「なんも変わってないねー!」

「あぁ、そのまんまだな」



3年A組。この教室で、この席で、最初に景吾に会った日を思い出す。



「此処にジローがいて、こっちに香月がいてー…懐かしいなぁ本当に。制服着ちゃおっかな」

「それは無理があるんじゃねぇのか」

「ちょっと!」



真顔でそう言ってきた景吾に少しむくれてみせると、「冗談だ」と笑いながら頭に手を置かれる。あの頃も、こうやってくだらない冗談で笑ったりしてたなぁ。



「これからは皆であんまり集まれないんだね」

「そうだな」



景吾がいない大学生活は確かに寂しかったけど、私の周りにはいつも支えてくれる皆がいた。だからここまでやってこれたと言っても過言じゃない。そんな日常が、消えてしまう。



「いつまでも仲良くいられるのはわかってるよ。でも、寂しいな」



私が呟くと、景吾はさっき置いてきた手をそのままに、ゆっくりと頭を撫でながら話を聞く体勢に入ってくれた。その無言の気遣いが、とてつもなく愛しい。



「俺がお前を充分に支えてやれなかった時、あいつらに全部任せっきりだったからな」

「頼りっきりだったよ」

「…悪い」

「私達が2人で決めた事じゃない、謝らないでよ」



いつもの威厳なんてちっとも無くして苦笑してくるものだから、私は思わず軽く吹き出してしまった。



「思い出話しよっか」

「あぁ、いいぜ」



貴方と積み上げてきた思い出を再認識して、またたくさんの大好きを実感したいの。そんな照れくさい事は口には出せないけど、心の中では充分に惚気てみた。



***



「思い出旅行とかさ、兎に角食べた気がする!」

「1番食い盛りの時期だったからな」



今まで離れていた分が嘘みたいに感じるほど、ずっと一緒にいる感覚に陥る。俺達が出会った場所でもあるこの席で昔話をするというのは、ある意味凄く特別な事だ。またこうして笑い合えることが大事で大切で、堪らない。



「1番最初侑士と友達になった時、景吾達の侑士への扱い凄かったよね」

「あれはお前が甘やかしすぎだ。あいつは甘やかすとすぐ調子に乗る」

「の割には、ジローには優しくない?」

「あいつは違うだろ」

「へー」



悪戯をしかけた子供のような笑顔を向けてくる泉に「なんだ」と文句をつけると、またそのままの笑顔で「なんでもない」と切り返される。こっちだっていくらでもお前に言える事はあんだぞ。



「立海と優さんとパーティーした時、油断して幸村に眼鏡を取られたのはどこのどいつだ?」

「だ、だってあれは」

「優さんがワインを持ってきたのは確かに予想外だったが、それにしても隙だらけだったよなぁ?」

「…不可抗力」

「バーカ」



何も言えなくなった泉の額を軽く小突けば、次は気が抜けたようにヘラッとする。笑顔1つにこんなにも種類があるのは、泉がモデルだからじゃない。ただ単に俺がその区別を見極められてるだけだ、と内心勝手に惚気てみる。



「ジローには毎日お弁当のおかず取られてたなぁ」

「時には香月も便乗してたな。お前が作ったのは美味いから気持ちはわかるが」

「あはは、ありがとー。あ!あと私達の喧嘩!」

「今考えると可愛いもんだぜ」

「ほんとにねー」



あの頃は本気で悩んであいつらまで巻き込んだ喧嘩も、今となっては笑い話だ。どれもこれも美化する気はねぇが、あれは確かに良い思い出だった。っつっても、今またあん時みたいに泉が他の男と2人で会ってたら、俺自身冷静でいられるかは微妙な所だが。



「私達、あの頃からなーんも変わってないね」

「笑えるくらいにな」



ここから見る景色も、泉が隣にいるという事も、この気持ちも。何1つ変化してないそれらに俺達は笑い、喜んだ。



「今日は私達だけだけど、次は皆で来たいね!」

「あぁ、そうだな」

「それじゃそろそろ行こっか」



そして泉は満足したのか立ち上がり、出口まで嬉々とした様子で俺の前を走っていった。ドアに着くなり俺に振り向き、また「早く!」と急かしてくる。手を差し出せば飛びつくように握って来たが、その手の冷たさに思わず俺は眉間に皺を寄せた。



「なんでこんなに冷たいんだ?」

「私最近になって指先冷えやすくなったんだよね。歳かな?」

「老化はまだ早いだろ」



本気で悩む泉を笑い飛ばし、その手を暖める為に俺のジャケットのポケットに一緒に手を突っ込む。そうすれば泉は「あったかーい」とか言いながら相変わらずニコニコして、その顔を見て、これから俺が何をしようかなんて見当もついてねぇんだろうな、と笑いそうになるのを堪える。

この場所で、泉と2人でいるこの空間で伝えたい事なんて、1つしかねぇっつーのに。



「あれ?」



早速違和感を抱いたであろう泉は、目を見開きながら俺を見上げてきた。



「泉」



ずっと願っていた事、伝えたかった事。これを口に出すのは初めてなゆえによくわからないが、お前相手になら本心で言える、そう昔から確信してた。だからどうか、受け止めてほしい。
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