「泉ー、終わったよー」

「よし、じゃあ行こっか」



講義終了後に香月と待ち合わせして、学校の近くにランチに出かける。こんな風景も早い事にもう4年目で、私達は大学4年生に進級した。



「桜、散り始めたわね」

「だねー」

「後1年、ね」

「…うん」



侑士や香月、他にも色んな人から景吾の事は聞いてたけど、それでも自分からは景吾の話題を出さず、連絡をする事も勿論しなかった。月日が流れるにつれて、着信履歴やリダイヤル、受信メールから景吾の名前がどんどん消えていった。今携帯の中に残ってる唯一の景吾の名前は、多分電話帳だけだ。最初は消えてくのが怖くて何回も不安に押し潰されそうになったけど、今はこの1つだけの名前が逆に支えになっている。

私達は、いつの間にか大人になった。2人で一緒にいない間に成人した。成人式は皆は勿論、他校の皆とも久しぶりに会えた。高校の頃の写真が凄く若く感じた。その空間に、景吾はいなかった。



「Aセット1つ」

「あ、私も同じもので」



時々思う。景吾は大人になってるのかなぁ。いつまでも子供みたいにこうやって色んな事を思い返しては泣きそうになる、過去に浸ってる私とは違って、景吾はちゃんとした大人になってるのかなぁ。



「泉?」

「あ、ううん、なんでもない。ごめんね」

「大丈夫、もう少しでしょ」



忘れられたらどんなに楽だろう、なんて事は思わなかった。あの人を忘れるという事は、私の中の大事なものが抜けるのと同然だとわかっている。辛くても寂しくても、忘れようとする事だけは絶対にしなかった。



「泉、携帯鳴ってない?」

「ほんとだ、ちょっとごめんね」

「うん」



その時、鞄の中から携帯が振動する音が聞こえた。どうやら電話みたいで相手を確認してみると、そこには北野さんの文字が映し出されている。仕事関係で北野さんから連絡が来るのはいつもの事だしこれもきっとそんな感じだろう、そう思って私はなんの躊躇もなくその電話に出た。



「もしもし?」

「泉、ちょっと時間ある?落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

「どうしたんですか?そんなに慌てて」



でも北野さんの声は妙に切羽詰まってて、一瞬でいつもと違う様子に気付く。一体何があったんだろう、と疑問を抱いたのもつかの間、次の瞬間まるで爆弾が落とされたような衝撃が私に走った。



「次の写真集の撮影場所、ロスに決まったって」



***



「それマジで言ってんのか?」

「じゃああいつらやっと会えるって事だよな!?」

「落ち着き、岳人。まだそうとは決まったわけじゃあらへん」



詰め寄る宍戸と向日を忍足は一度落ち着かせ、とりあえず席に座るよう促す。大学のサロンにはいつものメンバーに加え香月も集まっているが、その表情は決して楽しげに見えない。



「跡部さんの事なら会わないでしょうね」

「泉先輩もきっと、跡部さんと同じ考えだと思います」

「不器用だからね、2人共」



日吉、鳳、滝の言葉に更に周りの雰囲気は重くなる。特に芥川は先程から一言も言葉を発さず、椅子の上に体育座りをしてその足の間に顔を埋めている。そんな彼の姿を見て香月は苦笑し、口を開いた。



「とりあえず、この事は景吾には言わないように」

「は!?何でだよ!」

「岳人、落ち着き」

「落ち着いてられっかよ!やっと会えるんだぜ?来年あいつが泉を迎えに来るからいいとか、そういう事じゃねぇだろこれって!会える時に会わないでいつ会うんだよ!」

「向日」



立ち上がって抗議する向日を、香月は静かに名前を呼んで落ち着かせる。いつもと違うその雰囲気を感じ取った彼は、まだ何か言いたげだったが一度口を閉じて、気まずそうに視線を逸らしてからそのまま椅子に座った。



「泉が会いたいと思うなら、泉から景吾に連絡するはずでしょ。でもそれをしないのなら、そういう事じゃないの」

「俺、そういうの疎いからよくわかんねーけどよ。あいつらにもあいつらなりの考えがあるって事だろ?」

「でしょうね。だから私達が口を挟む場面じゃないの。宍戸にしては鋭いじゃない」

「うるせーよ」



2人の会話を聞いた向日は、まだどこか腑に落ちていないようだが渋々「わかった」と口を尖らせながら言った。向日を落ち着かせた所で、香月は次に芥川に視線を移す。



「で、あんたは何考えてんの」

「…おかしいよ」

「ジロー?」



滝が優しくジローの肩を持ち話しかけるが、顔を上げた彼の表情は酷く泣きそうで、他の者もつい言葉に詰まった。



「なんで跡部と泉が、こんな辛い想いしなくちゃいけないのかなぁ」



見守っている方と見守られている方、どちらもそれぞれに辛さや不安があるのは当然の事だが、その感情に慣れるというのは到底無理な話だった。

いつも辛かった。寂しかった。



「今日、泉先輩はどうしたんですか」

「海外に行くの急に決まったから、パスポートの更新とか色々忙しいみたいで今日はもう来ない」

「え、先輩いつロスに行くんですか?」

「明後日」

「安西、それは初耳やで」

「あれ、言ってなかったっけ」

「明後日、か」



宍戸の呟きを最後に、彼らの間には沈黙が流れる。今頃泉は何を想い、どうしようとしているのか。そればかりが各々の胸中に疼くが、結果は本人が言ってくるのを待つしか出来なかった。
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