「それが、自分の決めた答えなんか」 14時、講義終了後。携帯に1本の電話が入ったからとってみると、通話相手は跡部やった。向こうはもう22時くらいやろか、んー、一体何の用やろ。そう思て疑問をぶつけると、跡部は唐突にあの話題に触れて来た。 「あぁ、そうだ」 「後悔しないんか」 「自分で決めた事だ、しねぇよ」 一方的に捲し立てるように言って来た跡部の答えは、俺が予想しとった中で1番実現して欲しくなかったもんやった。なんでこういう悪い予想ばっか当たるんやろ。その上、その答えを受け止めきれるほどの器量が跡部にあるかと言えば、あいつなら確かにあるんや。いっその事無かったら全力で止めてやれるんに、とか思った俺は多分最低やと思う。 「相変わらずやなその事後報告。相談ちゃうやん」 「自分の事は自分で決めるもんだろーが」 「ま、自分らしいわ」 ほんまは色々文句言ってやりたいけど、こうやって跡部の口から報告してくれるだけ有難い事やな、と納得させる。跡部の答えに、思う事はぎょうさんあるけど実際に口出しする事はせぇへん。そもそもコイツは自分の言った事は意地でも曲げない、完全なる有言実行男や。俺が何か言った所で無駄やし、それが泉の事も考えての結果や言うんなら、もう何も言わへん。 「確かに自分ならその答えでも大丈夫やろうけど、泉の事はちゃんと考えとるんか?」 確かめるべく投げかけた疑問に、跡部は少しだけ黙る。そうしてしばらくした後、いつもとはちゃう落ち着いた笑い方をして、言葉を続けた。 「泉は俺の女だ」 心配無用や言うたら、そんな事は全くあらへん。でも、俺はこん時思わず心の底から笑顔を滲ませた。 「きばりや、跡部」 *** 「悪いな、こんな半端な時間に」 「ううん、大丈夫だよ」 講義中、ふと震えた携帯に目を向けるとそこには何と景吾の名前が表示されていて、私は思わず講堂から抜け出した。隣に座っていたハギは一度驚いた顔をしていたけど、私の様子と画面に映し出された名前を見るなり、「早く行っておいで」と送り出してくれた。 「なぁ、泉」 「うん」 そこで他の事に対しての思考は途絶え、いつもとは違う声色の景吾の言葉にだけ意識が傾く。瞬間的に、きっと私達にとって物凄く大事なものだと悟った。 「俺は、お前が物凄い大事だ。誰よりも大切で、誰よりも好きだ。大好きだ」 「私も、私もだよ」 少し切羽詰まったような感じの景吾に、鼻の奥がツウンとなる。 「だからこそ、決めた事がある」 「うん」 「俺は俺の、泉は泉の今すべき事をしたいし、させたい。もしかしたら後者はただの押しつけかもしれねぇ、すまん」 「ううん」 ゆっくりと、はっきりとした声が頭の中にぼやけた状態で入ってくる。 「必ずお前を迎えに行く。だからその時まで、離れよう」 きっと、景吾が出した答えは思いきって別れるよりももしかしたら辛い事かもしれない。 離れる。 朗らかな気持ちで傍に居たいと思うのは山々だけど、それが今の、これからの状態で絶対に出来ると聞かれれば、確かに出来ないんだ。そこまで強くないんだ。 景吾は私のしたい事をしてほしい、というのを押しつけだと言ったけど、そんなはずはない。あえて言うなら、景吾を支えるというのが私のしたい事だ。でも、やっぱりそれだけじゃ納得できない事もある。自分の意見を真正面から言うという事を、私はいつも後回しにして逃げてきた。景吾が決めたのなら、そうやって合理化して逃げてきた。でも、景吾は私に真正面からぶつかってきてくれてる。これも結局は景吾が引き金なのだけど、それを抜きにしても私もやっぱりちゃんと伝えるべき事がある。 「あのね、寂しいよ」 「あぁ」 「景吾が思ってるほど強くないし、そんなに物わかりも良くないんだ。景吾の決めた事だから全部受け止めたいし、支えたい。ううん、そうするよ。するけど」 私の名前を呼ぶ優しい声に、頬に生温いものが伝う。 「本当は辛いし、苦しいし、会いたいし、離れたくない。困らせちゃってごめん、でも全部知って欲しくて、でも待ってたい。景吾が迎えに来てくれる、って言うなら、ずっと待つ」 「必ずだ、必ず迎えに行く」 「絶対だよ、約束だよ」 支離滅裂な言葉も受け止めてくれた景吾だけど、いつものような余裕さは全く感じられない。叫ぶように言われたそれに、とうとう抑え気味にしていた涙腺が爆発した。 「迎えに行った時に、言いたい事がある」 「聞ける日、楽しみにしてるからね」 このまま泣き続けていても何にもならない。そう思ったのはお互い同じだったのか、電話を切る直前の言葉はそんな暖かいものだった。 今はまだ割り切れそうにない。まだまだふとした時に景吾を思い出しては堪らなくなると思う。でも、だからって景吾の事を忘れるんじゃなくて、思い出しても穏やかな気持ちでいられるようになれれば良い。今まで過ごした時間は決して無駄じゃなかったというのが、今の私達にとって唯一の救いだった。 一緒にいた、その理由 |