「跡部、大丈夫かよ?」

「…あぁ」



いつもより携帯を気にする頻度が高くなったり、微妙に上の空になったりしている俺を見兼ねてか、隣の席の俺と同じ日本人留学生が顔を覗き込んで来た。ようやく我に返った時にはもうノートも途切れ途切れで、講義の内容なんざまるで頭に入っていない。

俺の中で大切にしたいものがありすぎて、パンクしそうになる。



「(こんなんになる為に、来たんじゃねぇ)」



最初は大丈夫だと思った。泉やアイツらからの後押しや連絡がある限り、例えこっちで1人だとしても乗り越えていける、そう思っていた。だが、日が経つごとにその意志が薄れていくのをはっきりと感じている。



「悪い、抜ける」

「は?」



唖然とした表情を浮かべるそいつをスルーして、さっさと道具をまとめ講堂を逃げるように後にする。落ち着きのある校舎内は今の俺には静かすぎて、浮いてる気がして居心地が悪い。

そこで時計に目を向ければ、時刻は14時を回った所だった。という事は日本はまだ朝の6時だ。だったら連絡なんて余計に来るはずない、来るはずがないのに、それでもまだ期待している。

何を決め込んで日本を発ってきた?どんな約束をして此処まで1人で来た?どうしようもない、解決しようのない葛藤に追いつめられる。

俺の携帯が突如震えたのはその時だった。発信者を画面で確認すると、そこには悩みの種である人物の名前が映し出されている。沢山の疑問を抱えながらとりあえず電話に出ると、「おはよう」という泉の澄んだ声が耳に入ってきた。



「まだそっちは朝早いだろ?」

「んー、今日は撮影なの」



突然の事に柄にもなく動揺する。平然と話し続ける泉に対し、何故か俺は、物凄く申し訳ない気持ちになった。



「今の時間は流石にパソコン見てなさそうだったし、思い切って電話しちゃった」

「あぁ、構わねぇよ」

「えへへー」



どんだけ嬉しい顔して笑ってるか容易に想像がつくのに、



「講義は?」

「…ちょうど終わったところだ」

「そうなんだ」



つくはずなのに、



「本当景吾って、嘘吐くの下手だね」



それ相応の笑顔を返してやる事が出来ない。大事にしたい、心配かけたくない、泉の前では誰よりも強くありたい。



「何、言ってんだよ」

「仕事行ってきまーす!」

「っ、おい!」



ただそれだけの事も出来ないのなら、多分俺は、もう。

考え始めたら止まらないネガティブな思考は徐々に俺を追いやって、気が付けば数少ない泉との関係を繋いでくれるこの携帯を、憎しみが込められたかのように強く握っていた。



***



朝から撮影なんて嘘で、ただ無性に声が聞きたくなっただけだった。本当はその事も正直に伝えようと思ったのに、景吾の声を聞くと何故か言えなくなってしまった。声にというか、言い方に、と言った方が正しいのかもしれない。こういう時、景吾に関しての自分の無駄な洞察力がすごく邪魔になる。

無理矢理切った携帯をもう一度開き時間を確認しても、やっぱりまだ6時を回ったばかりだ。この時間に起きてる人が仮にいたとしても、今はとてもじゃないけど会える気がしない。本当に撮影だったらいいのに、と考えて軽く自嘲ぎみに笑う。眠れない夜も、頭を駆け巡る悩みの原因も、全ては景吾にあって、景吾の事しか考えられない。景吾が悩んでる理由まで分かればいいのに、私の洞察力は半端な所で切れてるみたいだ。



「バーカ」



勝手に悩むなんてずるいよ。1人で抱えるなんてずるいよ。受け止める自信も何もかも全て用意出来てるのに、どうして肝心な所でいつも逃げてくの?私が幸せだと感じていた時、景吾も本当にそう思っててくれたのかな。

ねぇ、もっと近くで感じたいよ。応援はしてるけど、本当は少しも離れたくないんだよ。側にいたいんだよ。なんて言ったら、我が侭だって怒られちゃうかもしれないけど。

当たり前だったあの日常に慣れ過ぎてる自分がいる。こうやって泣く事で気持ちの整理がつけられるのなら、いくらでも泣く。でも、それが上手くいった事なんて一度も無い。もう記憶の中で会えるだけじゃ、全然足りないんだよ。




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