「切ない曲ねぇ」

「なんですか北野さん、その顔」



今から撮影するPVの原曲を聞きながら、メイク室でそれに合ったお化粧をしてもらっている時、不意に北野さんは顎に手を添えそう言った。明らかに私に言い聞かせている口調に、ついむっとなって口を尖らせる。



「心境ぴったりじゃない。演技なんて必要無いわね」

「もう、またすぐそういう事言うー」



しまいにはメイクさんまで「遠恋中なの?」と乗っかって来る始末だし、意識しないようにしていたのを嫌でも掘り返される。歌詞に自分の心境を重ねるなんて、そんなのちょっと恥ずかしいというかなんというか。



「普段強がってばっかりなんだから、こういう機会に素直になりなさいよ」



でも、突然声のトーンを変えて言った北野さんの言葉は、何故だか胸にグサリと直撃した。そのタイミングでメイクさんが忘れ物をしたとかで部屋から出て行き、室内には変な沈黙が流れる。



「演技なのに素直になるって、なんか矛盾してますね」

「そういう言い訳が無きゃやってけないんでしょ?」

「あはは、エスパー北野さんだ」

「大人にはバレバレです」



セットした髪が崩れない程度に頭を撫でられ、少しだけ目頭がジワリと熱くなる。いやダメダメ、マスカラ落ちちゃう。泣くならそれこそ演技中に泣けるようにしよう。だから無理矢理何回も深呼吸をして、必死に気を紛らわせる。



「意地張るくらいがちょうどいいんだと思います」

「そういうもの?」

「本音を口に出しちゃったら、きっとずっとクヨクヨしてるから」



メールが来る度に声を聞きたくなる。電話をする度に会いたくなる。会いたい時に会えなくなるのは前から分かってたはずなのに、いざそうなるとどうにも気持ちが順応してくれなかった。



「そろそろ慣れても良いと思うんですけどね」

「まぁ、カップルも一概には言えないからね。四六時中会いたいって人もいればたまに会えればいいやって人もいるし。でも、無理だけはしちゃ駄目よ」



同時に帰ってきたヘアメイクさんには返事をして、北野さんのそれにはあえて知らんぷりをする。全部分かってくれているからこそ何も突っ込まれなかったけど、内心はもう気持ちの切り替えなんて出来そうにない。

無理せずにいられるのなら勿論そうしたい。でも、いっつも隣にいてくれた景吾は、今はいない。




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