「泉?」

「あ、ごめん、ボーッとしてた」

「跡部の事考えてたの?」

「…ハギには何でもバレちゃうね」

「顔見ればわかるよ」



見送りの日を思い出してたら隣に座ってるハギに顔を覗き込まれて、そこで私は我に返った。ちなみに、皆の中で唯一同じ学科なのがハギだ。私達は薬学科で、香月はスポーツマネジメント学科。他の皆も紹介すると、宍戸君と向日君は体育科、侑士は医学科、ジローは心理科、ざっとこんな感じだ。



「本当に大丈夫?」



ボーッとしてて書けなかった分のノートを一生懸命書いてる時、ハギは不意にいつもとは違う声色で問いかけて来た。それだけで自分がどんな表情をしているのか想像ついて、情けなさを隠す為にまた作り笑いをする。この感情に慣れる事なんて、きっとずっと無い気がするよ、景吾。



***



 ロス、23時。

寮の自室で寝支度を済ませ、今頃あっちは学校かと頭の中で時差を計算する。こっちでの生活は、1番家賃が高い寮にしただけあって特に何不自由なく暮らせている。まぁ、結局は自分の家に勝る場所は無いのだが。加えて、どんな状況の中でも泉の事を考える癖は中々抜けない。

ロスと日本では時差が16時間もあるのに、冬時間に入ったらその差は更に1時間開く。という事は、今こっちは23時でも日本はまだ15時で、俺は大体この時間ぐらいから少し自分の時間が出来るが、泉にとっちゃ1番忙しい時間帯という事になる。夏時間だの冬時間だの、そもそも時差自体が今の俺達にとっては厄介でしかない。



「(メールだけでも入れておくか)」



元々俺と泉はあまりメールをする仲ではない。理由は1つ、向いてないからだ。この理由は文章だけ見ると冷めているようにも思えるが別にそうではなく、ただ俺達はメールより電話、電話より会う、そういう順序で今までやって来ただけの話だ。それも、側にいられたから出来た事なんだが。

こっちに来てから1週間と少し、語学関係で困ったことはない。英語に関しては何の苦労も感じないし、日本とは違うスタイルが色々と勉強になる。だが、やはり泉が隣にいないだけで何かが物足りなく感じる。いや、物足りねぇんだ、確実に。



「激ダサ、ってか」



その時、あの熱血男の顔が頭に浮かんだついでに、そいつを筆頭に他の奴らの顔も思い出した。泉と付き合った直後は散々言われたもんだ、何だかんだ祝ってはくれたが。

俺はこの道、留学を選んだ事を後悔していない。将来親父の跡を継ぐよりももっとでかい事をしたい俺にとって、むしろこの道は必要不可欠だと思ってる。だから、その分我慢しなくちゃいけねぇ事もある。そんなのは、決めたあの瞬間からわかっていたはずだった。



「絶対に、忘れないでね。頭の片隅でいいから、私の事置いといてね」



出発前に言われたあの言葉と、その後に言われたもう1個の我侭とやらを思い出す。…あれは流石に反則だった。ベッドに仰向けになりながらそんな物思いに耽っていた時、机の上のパソコンから音が鳴った。これはメールが来た時に鳴るものだ。少し浮ついた気持ちでメールを開くと、そこには“おやすみなさい”という一言と共に、泉と香月の写真が添付されていた。

今までは口に出すのも憚られていたが、今自分の中にあるこの感情は、もう寂しいという以外例えようが無かった。




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