「本当に行っちゃうんだね」

「そんな顔すんな」



 1ヶ月前。

卒業式から1週間経ったあの日、私は景吾のお見送りの為に空港に行った。勿論他の皆もいたんだけど、搭乗口に着くなり気を利かせてくれたのか皆は私達を2人きりにした。



「何か実感わかないなぁ、色々と」

「…そうだな」



その言葉と共に、あの日の卒業式を思い出す。あれから出発まで1週間あったとは言っても、景吾は手続きやら用意やらで多忙が続いてたし、私も私で仕事がそれなりに入ってたから会える時間はほとんどなかった。あったとしても、ゆっくり語る暇なんて私達には残されていなかった。



「もうちょっとゆっくり、ちゃんと話せたら良かったね」

「落ち着いたら連絡する。入学してから1年は難しいだろうが」

「大丈夫、わかってるから」



景吾は大学の4年間丸々をアメリカ、ロサンゼルスで過ごす事になっている。留学についてはこれしか聞いてなくて(というか、聞く暇がなくて)、本当に私達はお互いをあんまり把握出来ていない。本当はもっと一緒にいて、もっとお互いの色々な事を話し合いたかった。やっと気付いた気持ちを、もう少しだけ長く暖めたかった。だけど、それが叶うのはまだ先になりそうだ。



「泣きそうだな」



出来れば気付いて欲しくなかった気持ちに気付かれた事に下唇を噛み締め、きっとぎこちない事間違いなしの笑顔を繕う。その時の、不器用だけど優しく私の頭を撫でる手も、少し困ったように笑う顔も、全部が不思議に感じた。何か、胸がきゅうってなるような、そんな感じ。



「ねぇ、景吾」

「ん?」



どうした、何かあったか?そう言って私の顔を覗き込んでくる景吾の表情が、たまらなくイトシイ。言い慣れてないその言葉がどんな意味を成すのか、もしかしたら私はまだそんなに理解してないのかもしれない。でも、その言葉をちゃんと使える日がまた来るのなら、その時もまたこの人に使いたいと心の底から思った。



「我侭言ってもいいかな」

「あぁ」

「絶対に、忘れないでね。頭の片隅でいいから、私の事置いといてね」



自分の中にこんな独占欲があるのも知らなかった。この気持ちを自覚してからというものの、私の感情は私の知らない所で成長し続けていて、時々コントロールの仕方が分からなくなる。



「それは我侭じゃなくて当然の事だな」



でも、この人がそれをいっつも直してくれるから、たまにはこういうのも良いかもしれない。

とうとう泣くのを堪え切れなくなった私を見兼ねて、景吾は自分の服で私の顔を拭いた後に優しく抱き締めてくれた。「写真撮られるかもな」「どうでもいいよ、そんなの」「それもそうだ」そしてまたその力が強くなる。



「ちょっとこっち見ろ」



言われるがままに顔を上げれば、同時に唇に何かが触れる。なんで景吾はいっつも私を幸せにしてくれるのに、同時にこんな寂しくさせるの。そんな聞き分けのない子供のような考えが頭に浮かんで、また目頭が熱くなる。



「やっぱりもう1個我侭」

「なんだよ今日は、珍しいな」

「もう1回、して欲しいです」



言い出したものの恥ずかしくなってしまい、最後の方は何故か敬語な上に消え入る程小さくなってしまった。恐る恐る景吾を見上げればちょっと面食らったような顔がそこにはあって、でもそれも一瞬で、すぐにふんわりとした笑顔を向けられる。



「それも当然の事だな」



それからどのくらいそうしていただろうか。空港内に景吾の便の出発アナウンスが鳴り響いた所で、私達はどちらからともなく体を離した。大きなスーツケースとボストンバッグを抱えて、景吾が搭乗口に向かって歩いていく。私も直前まで着いて行き、最後までその姿を見送る。



「元気でな」

「うん、行ってらっしゃい」



最後くらいはちゃんと笑顔で、と思ったけど、作り笑いになっちゃったかな。でも手を上げてそう言った景吾の顔は凄く凛としていたから、それを見れただけでも満足だ。だから、背中が見えなくなっちゃったと同時に出て来た涙には、見て見ぬフリをした。
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