初めて触れたもの

「もう無理!眠い!眠すぎる!」



1時間目の授業が終わるなりバタン!と机に突っ伏した香月を見て、私と景吾は目を見合わせ笑う。香月の隣のジローは言うまでもなく爆睡していて、さっきの授業中でも構わずいびきが鳴り響いている状態だった。

学祭が終わって次の週の月曜日、これまでお祭り気分だったせいかクラスの雰囲気は何処となく脱力感で溢れている。そんな中でも香月は特別で、さっきからずっと「学祭準備期間に戻りたい」と嘆いている。



「意外だなぁ、香月がそんなに学祭を楽しんでたなんて」

「クールな振りして実は1番張り切るタイプだろ」

「うるさいあんたら。授業しなくていいに越した事は無いでしょ」



確かに、学祭前の2日間は終日準備に使われていたからその気持ちも分からなくもない。でもやっぱり香月がこんな風になってるのは意外で、そしてそれが可愛くも見えて私は緩む頬を止められそうになかった。あんまりからかうと拗ねるから言わないけどね。



「あ、そういえば今日お弁当作ってないんだった。先に購買に買いに行こうかな」

「俺も行く」

「いってらっしゃーい」



朝お弁当を作り損ねた事を思い出したので席を立つと、すぐに景吾も同じようにドアに向かい始めた。香月は手をひらひらとさせながら動く気ゼロだ。おやすみ香月ー。



「寝坊したのか」

「あは、やっぱりバレた?」

「そういえば髪もいつもよりボサボサだしな」

「そういう事女の子に言っちゃ駄目です!」



茶化すように頭を触って来たのでその手は払いのけ、階段を下り購買に向かう。そうして着くと、何故かいつもこの時間は空いてるのに今日は特別混んでて、隣の景吾を見れば露骨に嫌そうな顔をしていた。人混み嫌いだもんねえ、自分は誰よりも集客力あるのに。



「私行ってくるから待ってて」

「あの人混みにつっこむのか」

「買うだけだからすぐだよ。景吾来たらよけい人来るから待っててね!」



不満そうにしているのは見なかった事にし、早速その中につっこむ。お目当てのパンを2つ手に取りおばちゃんにお金を渡そうとすると、不意に右から手が伸びて来ておばちゃんにお金を渡し損ねた。もー横入りなんて酷いよーと思いつつもう一度渡そうとすれば、何故か次は腕を掴まれそのまま輪から抜けてしまった。何事でしょう。



「さっき俺がお金渡しといたから、大丈夫だよ」

「いえ、私のものなので自分で払います」

「でももう渡しちゃったしさ」



引っ張られて来たのは柱の後ろで、目の前に立っている男の人を私は知らない。たかだかパン2つを買えない程お金持ってない訳じゃないんだけどな、と思いつつ怪訝な表情をその人に視線を送っていると、その表情はにっこりと緩んだ。



「ずっと話しかけたかったんだけど機会が無くて。今週の土曜日暇じゃない?」

「暇じゃない」



うわぁ、そういう感じかぁ。心の中で生まれてしまった嫌悪感を隠しつつもきっちり断ろうと思った矢先、隣から違う声が飛んで来た。待っててって言ったのは私だけど、声を聞くとどうしても安心してしまう。



「その日は俺と予定がある」

「跡部君、いっつも一緒にいるんだし1日くらい俺にくれない?」

「駄目だ」

「というより、私の意見も聞いてもらえないでしょうか。これお金返します」



いつも皆と一緒にいるから直接声をかけられる事は無かったものの、手紙でこういうお誘いを受けた事は何度かあった。名前も顔も知らない人と出かけるなんて常識的に考えれば有り得ないのに、その辺りをこういう人達は配慮してくれないのかなとはずっと思っていた。だからその鬱憤が溜まってつい口調は強くなってしまったけれど、後悔はしていない。苛立った表情をしているその人置いて、私と景吾はさっさとその場を離れる。



「だから人混みは嫌いだ」

「流石にこうなる事まで予想してないよ」

「でもまぁ、お前もはっきり言うようになったな」



私が彼に言い返した時から何故か感心した表情を浮かべていた景吾だけど、その正体の秘密はこれだったのか。だから私もそれには笑顔で返し、もう一度口を開く。



「誰かさんのおかげかもね」

「そーかよ。じゃあ、今週の土曜13時に駅前で」

「え?」



でもその返事は、「じゃあ」と繋げてる割にはなんの脈略もないものだった。ぽかん、と間抜けに口が開いてる私を見て、景吾は目尻を下げて笑う。



「あぁ言って断った手前だし、良いチャンスだと思ったんだが」



景吾が何を思ってそう言ったのかは、まだよくわからない。でも景吾があまりにも優しく笑うものだから、コクンと頷かない訳にはいかなかった。どうしよう何着てこう、ていうかずるいよ。
 1/3 

bkm main home
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -