消えるようにと願って

午前7時30分。

いつもより早すぎるくらいに準備を終えて、姿見の前に立った。変わらない長いスカートに第一まで閉めたボタン、緩みのないネクタイに太縁の眼鏡、そして三つ編み。

このスタイルで今までを過ごしてきた。だからやっぱりこれが1番しっくりくるし、今更よそよそしいと思われるかもしれないけど変えられないのが事実だ。

今が頑張り時だ。仕事と違って私の思いだけでどうにかなる事じゃないから、きっと壁はたくさんある。でも決めた事だから。それに、1人じゃないから。

香月との待ち合わせまでにはまだ時間があるけど、ローファーをしっかり履いて飛び出す気持ちで家を出る。まるで転入初日の時のような緊張感に体を強張らせながらも、待ち合わせ場所までゆっくり歩く。



「あれ?」



とそこで前方にいる人物が目に入るなり、思わずそんな間抜けた声が漏れ出た。向こうも私に気付くなり苦笑しながら手を振って来て、遅かった足取りを駆け足に変える。



「香月が私より早く着いてるなんてびっくり!」

「自分でもびっくりだよ。まぁ、のんびり行こうか」

「そうだね。おはよう香月」

「おはよう」



どちらかというと時間にはルーズな香月が私より早く着いてるなんて予想外過ぎる。むしろ私だっていつもより早く来たのに、なんか、なんか。そんな私の気持ちを汲み取ったのか、香月は若干照れた表情で「あんまり寝れなかった」と呟いた。いつもは見られない珍しい表情につい笑いが零れて、笑うなとムキになる香月の頭を背伸びして撫でる。



「ありがとう香月。可愛いなぁー」

「うるさいから!」



さっきのんびり行こうと言ったばかりなのに、その言葉と同時に香月のペースはぐんと上がった。照れ隠しも下手だなぁと思いつつ、そこまで口に出すと本当に拗ねちゃいそうだから、こっそり笑うだけに留めておく。さっきまで感じていた緊張や不安が一瞬にして吹き飛んだのを感じて、私はもう一度その大好きな背中にお礼を言った。



***



「跡部部長、ジャージ表裏逆ですよ」

「…知ってるっつーの」



いつも通りの朝練に見えて、全員がどこか落ち着きが無いのは目に見えて分かった。勿論それには俺も含まれているけど、あの跡部部長でさえちょっと表情が強張っているのだから、やっぱりそれくらい重要な日なんだと再度自覚する。



「テニスに私情を挟むなって言いたい所だけど、今日ばかりはどうしようもねえな」

「ですね…」



隣に立って来た宍戸さんもいつもより覇気が無くて、結局大した事も出来ないまま朝練は終了した。ただならぬ雰囲気に気付いた下級生達は、ちらちらとこっちを見ながらコートの片付けをしているけど、それに先輩達は一瞥もくれず部室に戻る。



「あー無理っ!やっぱ今日気合はいんねぇ」

「俺もだC」

「ジローはいつもの事やろ」



軽口を叩きながらも雰囲気は重くて、俺の隣で着替えてる日吉なんて終始無言のままだ。



「今日で全部解決するって思わなきゃやってけねぇな」



自嘲ぎみに言い放った跡部部長の言葉は部室内に大きく響いて、俺達はそれに同意するように深く頷いた。泉先輩の事となるとこうも考えすぎてしまうけど、全てが良い方向に向かうって願わなきゃ本当にやってられない。そんな事を本気で思ってしまうくらい先輩の存在が大きい事を、改めて思い知らされた気がした。
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