迎える終焉 どれだけ歩いても皆の姿はおろか、声すら聞こえないこの状態に私は非常に焦りを感じていた。皆がいると思って来た棟には逆に誰もおらず、こんな大事な場面で選択を誤った自分を盛大に怒鳴りつけたい衝動に駆られる。 だって、もしこの棟に葛西君もいたら? 考えれば考えるほど不安は募っていって、気が付くと私は走り出していた。この恐怖感は、映画館で見るホラーなんかとは比にならないくらい大きい。 皆に会いたい。葛西君から逃げなきゃ。色んな想いを抱えながら、私はとにかく走り続けた。 「(篠崎さんも大丈夫かな)」 そうやって普段はしない運動をいきなりしたからか、または緊張からかわからないけど、息が乱れるのが妙に早い。私は目線の先にあった水飲み場に向かって走った後、喉を潤す為に蛇口を思いっきりひねった。 これからまた走らなきゃいけないから、ここで充分に飲んでおかなきゃ。そう思い、明らかに飲み過ぎなくらいな量の水を飲んで、勢い良く顔を上げる。 鏡を見る。 「え?」 「見ーつけた!」 私の背後で凄く楽しそうに笑っているその人に、見覚えはこれっぽっちも無い。でも瞬時に葛西君だという事がわかって、私はすぐに彼と距離を取った。嫌だ嫌だ嫌だ、と叫ぶもののそれは掠れ声にしかならず、全身が拒否反応を起こしている。 「やっとだね泉ちゃん、さぁこっちにおいで」 人に対してここまで多くの疑問を持ってしまったのは今が初めてだった。私と葛西君はこの瞬間が初対面なはずなのに、彼はまるで私を迎えに来たかのように振る舞っている。 「動けないなら僕が連れてってあげるよ」 腰が抜けて座り込んでしまった所で、目の前に脂っこい手が差し伸ばされた。それをバシン!と反射的に跳ね除ければ、瞬時に鼻息の荒い顔がズイッと近寄って来る。比例して、私の体はいよいよ凍りついた。 眼鏡に手がかけられても、どうする事も出来なくされるがままになる。気が付くとボロボロと涙が零れていて、男はそんな私に満足げに微笑むとベタベタと汚い手で顔に触れて来た。気持ち悪すぎる感覚に吐き気がする。 「行こうか、泉ちゃん」 そこで衝撃が走り、私の意識は途絶えた。最後にかろうじて聞き取れたのは自分のポケットから携帯が落ちた音で、絶望と共に私は目を閉じた。 *** なんかおかしい。 そう感じたのは、手の中にある携帯が一向に泉に通じない事が始まりだった。景吾に通じないのは今探している真っ最中だからだろうと予想が付くものの、泉はまさか1人で行動している訳無いだろうし、それなら電話は出れなくともメールくらいは寄越す暇があると思う。なのにこの携帯はプルルル、という呼び出し音しか発さない。 本当ならば、この頭やら腕やらに巻かれている包帯を投げ捨てて、早く泉の傍に行ってあげたい。葛西をぶっ潰したい。でもそれが今の私では充分に出来ないのを自覚しているからこうやって1人病院にいるというのに、どうしてこんな不安に駆られなきゃいけないんだろう。 「絶対無事でいてね」 らしくないのは知っている。それでも携帯を胸に抱き締め祈るように呟くと、不安はより一層大きくなった。 |