無理はしないで

刺すような痛みが喉を刺激する。そのせいで、いつもは目覚めの良い朝も今日は苦痛でしかなかった。



「(37.5℃かぁ)」



ピピピ、と電子音を鳴り響かせた体温計を確認すると、そこにはそんな数値が映し出されていて、平熱が35.5くらいの私からするとこれは微熱という事になる。一瞬休もうかなとも考えたけど、今日は大事な数学の単元テストがあるのをそこで思い出した。普段仕事で何かと休んでしまったりして単位が取りにくいから、テスト0点はかーなーりきつい。



「仕方ない…」



まぁ、きっと後から受けさせてくれるとは思うけどそれも確実じゃないし、テストだけでも受けにいこう。

のそのそとベッドから出て、だるい体を無理矢理起こす。食欲は湧かないので朝ご飯は食べず、薄化粧をしたりなど身支度だけをとりあえず整え、やっとの思いで家を出た。あぁ、だるいなぁ。



***



朝練がなくてもいつも通り早起きし、家で自主練してから学校に向かう。これが俺の基本だ。今日は朝練が無かったからまさにその基本を終えて、学校へ向かっている途中なのだが。



「(今にも倒れそうだな)」



前方に、相変わらず華奢すぎる体がフラフラになりながら歩いているのを発見した。一目で誰かわかるその人物が何を考えてるか読み取る事など容易く、内心呆れながら頼りない背中に近付く。



「泉先ぱ、っ!」



大事が起こる前に話しかけようと早足になった瞬間、先輩は俺の呼びかけと共に目の前で倒れた。そして何と、その拍子で眼鏡が外れてしまった。

ここは校門前で、通常の登校時間よりは早いからまだそんなに賑わってないにしても、生徒はいる事にはいる。ゆえに注目の的になるのも当たり前だ。俺は先輩までの短距離を全力疾走し、眼鏡を拾いそのまま先輩を抱え、顔が見えないよう先輩の顔を自分の胸に押しつけながら再び走った。

───焦っていた俺に、その現場を凝視している奴がいた事なんて、わかるはずがなかった。



***



「…やっと目が覚めたか」

「ちょー心配したCー…」



目が覚めると、1番最初に視界に写ったのは心配そうな顔で覗き込んでいるジローのドアップだった。



「単位に敏感すぎ、成績の良いアンタなら先生方もどうにかするわよ」



視線をずらすと景吾と香月もいて、その香月の言葉で自分が迷惑をかけた事を一瞬にして悟る。だから肩を縮こまらせながら謝り、少し起きあがってみると奥に日吉君の姿も見えた。



「日吉君…?」

「日吉がお前を此処まで運んできて俺達に知らせにきたんだ」

「そうなんだ、ごめんね迷惑かけて」



そこまで言った所で喉からせり上がってくるような咳が出て、起こした体は再び香月によって倒された。なんだか上手く声も出ないし、ダメダメだ。

するとすぐに皆は早退しろと言って来たけれど、折角此処まで来て何もせずに帰るというのも勿体無い気がする。だから私が言葉を濁していると、香月の表情が若干怒ったものに変わった。



「ぶっ倒れたくせに変な意地はらないの!それにもう今昼休みよ?」

「え!?」

「この後は体育2時間続きだしな」

「お見舞い行くから、ね?ゆっくり休んでー!」



しかしその想いは無残に散って行き、数学が終わったとなれば居続ける理由も無い。仕方なく私は帰る事に決め、いそいそと近くにある鞄に手をかけ始めた。



「芥川先輩、お見舞いって部活中に行くつもりですか?」

「…あとべええぇーー」

「んな目で俺を見ても無駄だ、部活は出ろ」



その相変わらずのやりとりに笑うものの、その度に喉とお腹が痛くなる。ダブルでくるとか最悪だ、やっぱり早く帰ろう。そう思っているとふいにドアが開いた。



「朝倉さーん、大丈夫ー?」

「早退します。俺が送っていくので」



保健室の先生の問いかけに私が答える前に、景吾が先に話を進め始めてしまった。色々言いたいのは山々なのに喉が痛くて上手く声が出ない。そうこうしているうちに先生は納得してしまい、そのまま担任に伝えてくると言葉を残し去って行った。

何か言おうと思えばその前に咳が出て、日吉君に背中をさすられ景吾に頭を撫でられる。なんだか本当に悪いなぁとちょっと情けない顔になったその時、さっきよりも派手な音を立ててまたドアが開いた。



「まーたうるさいのがたくさん来たわね」
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