大切なもの

「のどかだねー」

「本当にね」



合宿も終わって、今日は部活もオフ。



「若干周りがうるせぇがな」

「モテる男は辛いねー、ドンマイドンマイ!」

「黙れ香月」

「んー、本当にのどか」

「…あんた本当にマイペースね」



久々に見る景吾とジロー(ていうかレギュラー陣)の姿に女子は沸いてるけど、1人の世界に入りつつある私はそんなのお構いなしに和んでいる。そしてそれはジローも同じなのか、彼に至っては教室の後ろのロッカーの上で爆睡中だ。最早見世物状態。



「青学の1年の子達、ストレッチ続けてるかしらね」

「頑張ってるってメール来たよー!」



ちなみに、香月には合宿中携帯で近況報告をしてたから、大体の事は把握している。



「まぁ今回の合宿で1番びっくりした奴は切原だろうね」



そこで思い返されるのは赤也君の事で、香月の言葉に私と景吾は分かりやすいくらい苦笑した。何かと打ち解けるキッカケになったとはいえ、驚かせてしまった事には変わりないから今でもまだ罪悪感がある。とはいえ、口に出した所で返事は分かりきってるから思うだけにしておくのだけれど。

それに。



「あんたどうするの、これから」



私には、まず先に片付けなきゃいけない問題があるのだ。微妙に心配そうに覗き込んで来た香月の顔を見て、うん、とだけ返す。



「言う、言わないはお前の自由だと思うが。他校の奴にバレてて普段一緒にいるあいつらが知らねぇ、ってのをあいつらが知ったらショックだと思うぜ」

「特に鳳とか泣きわめきそうだよね」

「宍戸は影でかなり落ち込むタマだしな」



2人から聞くだけでも容易にその光景が想像出来て、ついでに車の中で北野さんに言われた事も思い出して、私の表情はどんどんと曇って行った。本当はこの学校でも誰にも正体を明かさないまま卒業していくつもりだったのに、意図とは反して知る人が増えていって、だからといって嫌って言う訳ではないけど、それは結果論の話だ。とはいえ、それこそ皆なら言っても大丈夫と分かりきっているのならこんなにためらう必要は無い。

じゃあ何で?

言ったら特別扱いされそうで嫌だっていう訳では無い。そりゃ他の人ならそう思うけど、皆はそんな人じゃないってわかってるから。なのに何で?終わりの見えない疑問を繰り返していると、香月がまた口を開いた。



「あんたもしかして未だにどっかで平凡求めてるんじゃないの?」

「…そうなのかな?」

「いい加減取っ払ったら、もう無駄よ」



いや、でもなんかそれはちょっと違う気がする。これでももうだいぶ吹っ切れたつもりだし、こんな風に皆と一緒に過ごすのが日常化していれば慣れというものが生じてくる。それ以上にこれが私の平凡にもなりつつあるのに―――あ。

そこまで考えた所でようやく答えが見つかった私は、不思議そうに見つめてくる2人と目を合わせゆっくりと頷いた。

自分の平凡が壊れるのが嫌なんじゃなくて、皆の平凡を壊してしまう事が怖いんだ。
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