6日目-後編

「それっ!」



浜辺で談笑していた謙也と侑士は、突如聞こえたその声に思わず体を仰け反らせた。しかし、時既に遅し。



「えぇザマやないか謙也ぁ!」

「うっわー謙也さんダッサー」

「お似合いだぜ忍足」

「侑士だっせー!泉ナイスッ!」



彼らは泉によって海に突き飛ばされたのである。突き飛ばした張本人である彼女はそれはそれは誇らしげに笑っており、一氏、財前、跡部、向日を筆頭に周囲の者も同じように悪乗りするが、それに彼らは納得するはずがない。



「いきなり何やねんっ!?」

「ホンマ心臓止まるくらいビビッたわ!」

「そのまま止まればよかったのにね〜」



幸村のブラックジョークに一同は一瞬一度固まったが、再度彼がやだなぁ冗談だよ、と言った事により一応は収まった。それでも若干気まずい雰囲気を打破するように、再度泉は口を開く。



「だって2人とも凄い熱く語りつつ喧嘩してるから。冷ましてあげようと思って」

「や、それ無理あるやろ!」

「…ほんっまに」



淡々と言い放った泉の言い分は滅茶苦茶なもので、侑士は参った、というように笑った。そんな侑士に対し泉も笑う。



「そおいう泉は入らないん?」

「へ?いやー…」

「足だけつかっているようでは訓練にはならんぞ!」

「なんの!?」



そこで遠山と真田がそう言い始めた事から周りの者もどんどん便乗し、断りにくい雰囲気が出来てしまった。まさかの展開に冷や汗をかくのは泉自身と、彼女の正体を知っている者達数名だ。それもそのはず、海に入り騒いでいればそのうち眼鏡は外れてしまうからだろう。しかし、遊びたいが為に持ってきた浮き輪は遠山の手に渡り、もはや逃げ場がない。



「早く遊びましょうよー!」



無垢な笑顔で更に追い打ちをかける葵。どうする、泉。



「…ウス」

「樺地、君?」



その時だった。



「樺地!何1番羨ましい事してるんだよぉお!」

「叫ぶんじゃねぇよ!っつーかキャラ戻せ!」

「桃先輩も充分うるさいッス」



樺地が彼女を肩に乗せ、いわゆる肩車なるものを唐突にし出したのは。その意外な人物の意外すぎる行動に、周りは鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった。

彼女の正体を知らないはずの樺地がこんな行動を取るのは実に不可解だ。しかもあの樺地が、である。そう思った日吉は、彼の名を怪訝に呟き、事の成り行きを引き続き見守った。



「う、え、あ?」

「壊れたロボットみたいだけど。てか早く降ろしてほしいッス、届かないんで」



続けて不服そうに言葉を漏らす越前。しかし樺地はそれには何の反応も示さず、その状態のまま海に飛び込み、胸元あたりまで浸かった。勿論彼の胸元までなので、肩に乗っている泉に水の被害はない。



「あの、樺地君…?」



いよいよ真意が読めなくなってきた樺地に対し、泉は恐る恐る彼の名前呼んだ。



「妹が…ファンです…」

「………へっ?」



すると樺地は、彼女にしか聞こえないような小声でそんな発言をした。



「ちょ、え…いつから…?」

「…初めて見た時からです」

「えぇっ!?」

「何コソコソ話してるんッスか!」

「切原の言う通りだにゃーっ、遊ぼ遊ぼ!」

「おっしゃ!樺地から泉を振り落とすぞ!行くぜーぃ!」



人を見る力が跡部同様、またはそれを上回るほどある樺地は、泉を一目見た時からその正体に気付いていたのだ。妹がファン、という事は必然的に雑誌などに自分も目を通す事がある。眼鏡や髪型だけでは隠しきれない特徴を、樺地は鋭く見つけ出し勘付いたのだろう。



「あ、あの」

「秘密は…言いません…」

「…ありがとう」



空気の読める樺地は、泉が訳ありで変装している事を察しあえて今まで何も言っていなかったのだ。今回は緊急事態な為言った、という経緯である。

良い後輩持ったなぁ、ほんと。泉は心の底からそう思った。そして、海には大騒ぎする彼らの声がいつまでも響き渡っていた。
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