慣れが必要

「(どーしようかなぁ)」



今私は、鳳君と知り合った日に行う予定だった部活見学をしている真っ最中だ。ここ最近は鳳君のピアノが最優先だったから見学する暇がなかったんだけど、何でも今日はピアノを弾く暇がないらしく(本気で悲しがってて可愛かったなぁ)。だから校内を色々回って色々みたもののどうもしっくりこなかったから、今は校外に移動する為廊下を歩いている。

あ、そういえば私の周りはテニス部が多いから、後で顔出してみようかな。聞く話によると凄い混んでるらしいけど。ちなみに香月はラグビー部のマネです。そんな事を思いながら、あんまり帰りが遅くなるのは嫌だから私は小走りで次見る予定の部活へ向かった。

だけど、そうやって焦ってしまったのがいけなかったのかもしれない。



「うおっ!?」

「キャッ!?」

「あっぶねー!」

「ご、ごめんなさい」



廊下の曲がり角で、ショッキングピンクのおかっぱ頭の男の子とぶつかってしまったのだ。幸い男の子が腕を引っ張ってくれたおかげで転倒せずにすんだけど、迷惑をかけてしまったことには変わりない。



「うわ!?お前…!」

「へっ?」



だからしっかり目を見て謝ったんだけど、何故かその男の子は私を見るなり顔を歪ませた。え、なんで?



「やーっと見つけた!」

「み、見つけた?」

「なんでアイツら全員お前に夢中なんだよ!」

「え、あ、はい?アイツら夢中?ん?」



そして急に始まる怒声のマシンガントークについていけず、ちょっと待って、私が何をしたっていうの?



「あの…言ってる事がよくわかんないんですけど」

「嘘つけっ無自覚なわけねぇだろ!?クソクソッ!」

「えー」



どうやら彼は凄く興奮っていうか、怒っているみたいだ。テニス部のジャージ着てるし、多分アイツらっていうのは景吾達のことだと思う。っていうか知り合いっていったらテニス部と香月だけだし、いやそれにしても何事?いまいち整理が出来ず怒り続ける彼の言葉を呆然と聞き流す。



「大体なんなんだよ!お前朝倉泉だろ!?」

「は、はい」

「やっぱりーー!!」

「あのー、私が何かしたんでしょうか?」



残念ながら、どれだけ頭を回転させても彼の言ってる事は全く理解できない。だから恐る恐る、それでも真剣な顔で私がそう問いかけると、彼は口をあんぐりと開け私の顔をマジマジと見始めた。…何かついてる?



「お前…マジで言ってるわけ?」

「はい。マジです。」



お願いです、何か喋ってくれませんか?



***



部活に行ったは良いけど教室に忘れもんをしちまった俺は、猛ダッシュで校内を走ってた。すると運が悪いことに、曲がり角んとこで誰かと衝突しちまった。まぁ反射的に受け止めたけど。

で、ぶつかった女の容姿を見たら。今時ありえねぇ三つ編みに分厚い眼鏡、極め付けになっげぇースカート。それを見て俺は瞬時にわかった。コイツが、最近侑士達が騒いでる朝倉泉だと。

その瞬間俺は、最近溜まっている鬱憤の原因が全部コイツだという事をふと思い出した。コイツのせいでどいつもこいつも何か知らねぇけど浮かれてて、あの跡部までジローと一緒になって騒ぐ事すらある。だからここは1回言ってやろうと思って、俺は容赦なく女、もとい朝倉に詰め寄りまくった。どーせ地味な感じを逆に利用して侑士達を誘惑したんだろ!

…っつーことで言ったんだけど。



「あのー?」

「アホだ…」

「えぇ?」



さっきも言った通り、俺はてっきりコイツが侑士達を振り回してんだと思ってた…けど、よくよく考えればアイツらがそんな簡単に振り回されるわけがねぇ。しかも朝倉に至っては何の話なのかすら理解してねぇみたいだ。



「早とちり…?」

「何かよくわかんないけど、そういうことなら安心です」

「安心?」

「はい。私よく自分の知らないところで色々やらかしちゃってるみたいなんで」



そりゃもっともだな、と思ったけど口には出さないでおく。とりあえず全部俺の早とちりだった訳だから素直に謝れば、朝倉は気にしてないとは言ってくれたものの俺達の間には沈黙が流れた。うわー気まずー。



「あの、なんで私のこと知ってるんですか?」



だけどそんな雰囲気を破るように話しかけられた質問に、閉じていた口をもう一度開ける。



「んーまぁ、部活仲間がお前の話ばっかするから」

「部活仲間って、景吾達のことですよね?」

「景吾ぉおぉ!?」

「へっ!?」



そこで出たまさかの名前に、俺は久々に腹の底から叫び声を上げた。ちょっと待て、跡部が、あの跡部が女に名前で呼ばせてんのか!?もしかしてコイツ、只者じゃないのかもしれない。そんな予感が沸きあがった俺は、驚いている朝倉の両肩をガシッと掴んだ。



「お前…すげぇな」

「え」

「俺向日岳人!」

「う、うん、A組の朝倉泉だけど」

「知ってるっつーの。まぁ今日は色々悪かったけどこれからよろしくな!んじゃまた!」



そうしてその両肩を前後にガクガクと揺らしながら一気に立てかけ、何か言いたげにこっちに手を伸ばしてる朝倉を置いて俺は部活に戻る為また猛ダッシュした。流石に時間ロスしすぎたからなー、急がねぇと!という思いとは裏腹に、気分はまるで新しいおもちゃを見つけたような、そんなワクワクに包まれていた。
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