予想外の展開

導かれるように音楽室のドアノブに手をかけて、ゆっくりとなるべく音を立てないように開く。するとそこには、日の光に反射してキラキラと銀髪を輝かせている男の子がピアノを弾いていた。音楽に対して全くの素人の私でもその繊細さがわかるほど、彼の音色は美しい。

そんな風に私が音色に聞き入っていても、男の子はピアノから視線を離していないので多分気付いてないんだろう。極力気付かれないように入ったし、未だ入り口付近に立ったままだから当たり前と言えばそうなる。彼自身凄く真剣に弾いてるし、中断させちゃなんだからこのままにしておこう。



「(ね、眠くなってきた)」



余りにも心地良い音色だからなんだか眠くなって来た…口元に手を当ててあくびを押し殺していると、途端に音色は止んだ。どうやら曲が終わったみたいだ。



「気付いてますよ」

「え?」



ピアノを弾いていた彼は顔を上げてニッコリ微笑んだかと思うと、急にそんな事を言ってきた。あれ、気付かれてたんだ、と少し拍子抜けする。



「気持ち良さそうに聞いててくれたんで、そのままにしておいちゃいました」

「そうですか」

「俺、2年の鳳長太郎っていいます」



ツメが甘いのかな?でも、良い演奏が聞けたからいっか。満足満足。



「貴方の名前を、お聞きしてもいいですか?」



***



ドアノブが回った時から誰か入って来た事には気付いていたけれど、静かに入って来た感じからしてその人は俺が演奏を止めるのを望んでいない気がしたし、俺も弾いていたかったかそのまま終わるまで続けた。

そうしてやっとの想いで顔を上げると、あまりにも見た目と雰囲気が合っていない人がそこには立っていた。パッと見た感じは凄く綺麗だと思ったけど、まるでそれを邪魔するかのような地味な服装は、その人には似合っていなかった。



「少し前に転入してきた3年の朝倉泉です。よろしくね」



先輩はそう言うと、俺に至極穏やかな笑顔を向けてくれた。その笑顔には邪念が1つも入っていなくて、やっぱり本当に、本当に綺麗だと思った。

こんな陳腐な表現しか出来ないけれど、大袈裟だと言うかもしれないけれど、多分一目見た瞬間からそれは始まってたんだと思う。口を開けてポカンとしている俺の顔を覗き込んで来た、その心配そうな表情がまたなんとも可愛くて。



「あ、あの!」

「ん?」

「俺、先輩の事が大好きです!」



だから勢い余って、そんな言葉を言ってしまったんだ。…あぁああ馬鹿俺ーー!!



***



「…はい?」



ちょっと待て、落ち着け私。こんなに綺麗でしかも格好いい男の子が、私に告白?しかも初対面。しかもこの容姿。イコール一目惚れ。方程式のごとく素早く出来上がったそれに、私の思考回路はようやく正常に戻り始めた。



「え、冗談だよね?」



どう考えたってそれしか思い浮かばない。だって色々とありえないもの、その想いをこめて改めて聞き直してみたら、鳳君から返ってきた言葉はこれまた予想外なものだった。



「俺は冗談でこんな事言いません!本気です!」



いや、確かに鳳君は本当に純粋そうだし、嘘をつくような子にも、実際に嘘を言っているようにも見えない。大きい体の割に子供のような潤んだ目をしている彼を見て、またもや私の脳内は混乱し始めた。何これ、誰か助けて。



「でっでも!まだ知り合ったばっかだし先輩も困ると思うんですよ!」

「う、うん」



絶賛困惑中です。



「だから!…友達から、仲良くして頂けませんか?」

「え、あぁ、うん、それは勿論構わないけど」



友達が出来るのを拒否する理由も無いし、第一こんな表情を浮かべている人の願いを一刀両断出来るほど冷たく無い。だから淡々とそう返事をすれば、鳳君はみるみるうちに満面の笑みを浮かべた。最初の紳士キャラが物の見事に崩壊しちゃってるけどいいのかなー。



「やった!あ、あと、あの、アドレス教えて頂けませんか?」

「うん、良いよ」

「はい!うわぁやった…!嬉しいな…!」



自分で言うのもなんだけど、鳳君は本当に嬉しそうにそう言って携帯を握りしめた。素直に可愛いと思えるその姿が微笑ましくて、思わず小さく笑みをこぼす。という小さな事にすら反応されちゃったのには驚いたけど、これも年下の権限というやつだ。



「絶対メールします!また俺のピアノ聞きに来てくださいね!」

「暇な日は来るようにするね」

「ありがとうございます!!」

「それじゃあ、またね」



まぁ、こんな風に慕われるのもアリかもしれない。
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