「(終わっちゃったんだなぁ)」



玄関をくぐり抜けた途端女子生徒に囲まれた彼らから遠ざかり、泉は1人裏庭に避難して来た。彼女も彼女で人が集まりかけたのだが、収集がつかなくなる前に上手く逃げてきたようだ。ちなみに香月は、マネージャーとして所属していたラグビー部と写真を撮るとかでそちらのほうに行ったらしい。

玄関の方はまだまだ賑わいが消えない。彼らとは後で連絡をとれば良いだろう、と思った泉は近くのベンチに腰掛けた。風当たりも陽当たりもよく、なんとなく手を太陽にかざして空を見上げてみる。



「何やってんだよ」



その時、1人の男の声がした。馴染みのあるその声がした途端、小さな肩は勢いよく飛び上がる。



「隣座るぜ」

「うん」



教室でもこうして隣で座っていたというのに、今とその時じゃ気の持ち方がまるで違った。くっつきそうでくっついていない太ももが、2人の緊張感を示しているようにも見える。



「皆は?景吾の事だから女の子からいっぱい話しかけられたでしょ?」

「おかげでボタン全部取られたぜ。あれくらいくれてやるがな」

「その子達からしたら宝物なんだよ」

「そういうもんか」



そこで沈黙が降りかかる。何度も話を切り出そうと口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返す跡部の前に、意外にも泉が話し始めた。



「ねぇ、最初に私が転入して来た時の事覚えてる?」

「まぁ、なんとなく」

「凄い冷たかったじゃん景吾。あれショックだったなぁ」

「人見知りなんだよ」

「絶対嘘でしょ!」



そんな冗談を吐けるまでには雰囲気も和らいできたので、泉も表情を変え本題に入る。



「私達ってさ、いつも一緒にいたじゃん」

「あぁ」

「本当に居心地が良くて、誰が欠けても駄目で、皆大好きで、こんな幸せな事無いって思ってたの」



“皆大好き”という言葉に、跡部は肝が冷えるような感覚を覚えた。自分もそのくくりの中と一緒か、と短絡的な考えになったが、次の泉の言葉でそれは一度遮断される。



「でも、最近ちょっとおかしかった」

「おかしい?」

「うん。その人の事だけ周りと違って見えて、その人の事がどうにも気になっちゃって、楽しくなったり不安になったりっていう落差が大きくて」



一句一句を大事そうに紡ぐ姿を見て、跡部の想いも爆発しそうになる。



「景吾、これってなんなの?私が変?景吾が変なの?」

「泉」

「私、もしかして景吾の事」

「もしかしてじゃねえよ、それは」



音を立てて何かが崩れた。そう自覚した時には、その小さな体を精一杯抱きしめていた。



「お前、間違いなく俺に惚れてる」

「…そうかも」

「そうに決まってんだろ」

「だね、今凄い幸せだもん」



顔を上げてヘラッとした笑顔を向けてきた泉は、跡部がずっと望んでいたそれだった。いつもこの笑顔に癒され、いつもこの笑顔を隣で見たいと思っていた。



「大好きです」

「俺の方が好きだ、大好きだ」



一層力を籠めて抱きしめれば、答えるように小さな腕が背中に回される。自分の気持ちに気付いてからは決して幸せな事ばかりでは無かったが、それも全てこの瞬間の為にあったと考えれば何も苦しくない。



「お熱いねぇ、2人共」

「跡部さんずるううぅううい!!!!」

「鳳、邪魔しちゃ駄目だC」



そこで滝の冷やかしが聞こえ後ろを振り向くと、そこには清々しい顔の彼らがいた。暴れている鳳は宍戸に任せ、芥川は2人の元へ歩み寄る。



「あとべー、俺の応援に感謝してねー!」

「お前はよくわかんねぇ奴だったな」

「だって俺、あとべも泉も好きだC」



彼はそう言うと間に割り込み、そのまま2人の手を取った。ニコニコと笑っている顔を見て、跡部と泉も目を合わせて微笑む。



「香月もありがとう。やっと気付けたよ」

「いつ気付くのかこっちはもどかしかったわ。でも、あんたが幸せならそれでいい」

「うん、凄く幸せ」



まるで巣立ちを見守る親鳥の気分なのか、香月は少し寂しそうだが泉を撫でる手は相変わらず暖かい。



「ほな、このまま打ち上げ行こか」

「勿論跡部んちだろ?俺クソ腹減ったー!」

「この前散々食べたでしょう」



そうして彼らはいつも通り歩き出し、いつも通りくだらない話で盛り上がり始める。さっきまで手を繋いでいた芥川は今は向日とはしゃいでおり、忍足と宍戸がそれをなだめ、便乗して騒ぐ鳳を日吉が殴り、樺地が見守り、呆れている香月を滝が楽しげに見る。溢れんばかりの笑顔を見て泉はある事に気付き、一度足を止めた。



「どうした?」

「私、なんか今の自分が凄く好きかも」

「そりゃそうだろ。俺達がいるからな」



自分で言うのはどうなの?と思う反面、それだけで妙に納得出来てしまうのもまた事実だ。「行くぞ」と差し出された手に飛びつき、また賑やかに歩き始める。

空は青く何処までも澄み切っていて、降り注ぐ太陽は彼らを照らし続けている。その太陽に頬に伝った涙が反射して、キラキラと輝いていた。



20100504 fin.
20140610 修正完了

→あとがき
 4/4 

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