本当の私

「いってえ!危ねえ!降りろお前ら!」

「やーだCー!」

「行け行けー!」



急な坂道を自転車で下っている宍戸、芥川、向日の3人は、散歩中の老人の驚いた視線を存分に浴びながらギャーギャーと騒いでいる。それもそのはず、運転している宍戸にしがみ付くように他2人も自転車に乗っているのだ。2人乗りでさえ違反だというのに、3人となればバランスが取れないのも当たり前だろう。しかし彼らにとって(宍戸は本気で焦っているようだが)それは一種のアトラクションのような気持ちで、降りる気配は微塵も見られない。



「おいマジで降りろ。流石に平坦な道お前ら乗せてこぎたくねえよ」

「ちぇー、宍戸のケチー」

「じゃあお前がやれ!」



口を揃えて文句を垂れてくる2人に、グッと拳が出そうになるのを堪える。しかしそれも話し出せばすぐに収まり、3人はいつもより随分遅い足取りで歩き始めた。

卒業式の朝、最後の通学路である。



「なーんか実感ねえよなぁ。もう今日で制服着るの最後なんだぜ?」

「岳人お前、最初制服買った時“絶対この3年間で買い直さなきゃいけなくなるくらい背伸ばす!”つってたのに、結局なんも変わってねえな」

「宍戸だって俺達3人の中じゃ1番大きいけど、皆と比べたらそうでもないC」

「1番チビが言うなコラ」



家が近い彼らは通学途中でたまたま会ったのか、それとも事前に約束していたのかは謎だが、今の所卒業式直前という雰囲気は少しも感じられない。



「俺ねぇ、本当は泉に言おうと思ってたんだぁ」



しかしそれは、芥川の何気なく放った一言で唐突に破られた。それだけで彼の気持ちがなんとなく読め、ふざけていた2人も口を噤む。



「でも辞めた!」

「なんでだよ」

「宍戸ならわかるでしょ」

「おいなんで俺は分かんねえみたいな言い方なんだよ!」

「だってがっくんと俺達じゃ好きの種類が違うもん」



そこを突かれては何も反論出来ないのか、向日はもう一度拗ねたように口を尖らせ黙り込んだ。大して宍戸は痛い所を当てられたらしく、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。



「俺はハナから言う気も無かったけどな」

「なんかね、俺同じクラスでしょ?だから諦めきれない部分沢山あったの、話す機会も多くて。でも最近やっと大丈夫になった。見守ろうって思えるようになった!どう?偉い?」

「つーか気付いてねえの本人達くらいだろ」



泉に恋愛感情を持っていない向日でも、宍戸のその意見には同意するようにうんうんと頷いた。芥川も「だよねー」と普段通り間延びした返事をし、そこで再び3人の目の前に坂道が現れる。



「よっしゃ、もっかい坂道ジェットコースター行こうぜ!」

「結局こぐの俺だろうが!」

「いっけー宍戸号ー!」



そうすると2人の思考はすぐに切り替わり、結局静かな住宅街にはまた3人の叫び声が響いた。



「卒業だー!」



大声で叫んだ芥川の口に、ちょうど降ってきた桜の花びらが入る。一気にむせ始めた彼の様子を見て、叫び声は笑い声に変わった。




***



「なんや、早いやん」

「忍足こそ」



靴箱にて偶然会った忍足と滝は、理由を聞かずとも何故お互い普段よりも早く来たのか想像がつき、照れ臭そうに苦笑した。そうしてそのまますぐに教室に行くのもなんなので、適当に立ち話を始める。



「聞いてよ、俺柄にもなく昨日寝れなかった」

「遠足前の小学生か、自分」

「本当笑っちゃうよね。でもなんか中等部の卒業式より数倍ドキドキしてる」



様々な面で高校生と大学生の間には大きな差があるにしても、それが1番の理由ではないのは言わなくても分かる。なので忍足も肯定するように頷き、卒業式前だからと騒いでいる生徒達を横目に静かに溜息を吐いた。



「時間にしたら1年も一緒におらんのに、今までのどれよりも濃かったわ。高校3年」

「あの子が来てから何かが変わったのは漠然と感じていたけど、それが此処までだなんてね」



彼女にどんな特別な要素があるのかは、口にしろと言われるとどうも言葉にはならない。しかし、今までに無い感情が胸から湧き出てきているのは確かで、寂しさに似たそれを2人は噛み締める。



「俺達って友達想いだよね」

「俺なんか最後の方見守り役に徹してもうたわ」

「まぁ、それくらい2人の事が大好きだからなんだろうね」



流石に滝ほど素直にはなれないのか、忍足はその言葉には何も反応を示さなかった。そうして沈黙が流れ始めた時に、違う足音が2人の耳に入る。



「何辛気臭い顔してんの?」

「雰囲気ぶち壊しやで、安西さん」

「そんなの私が気にする訳ないじゃん」



眠そうな顔を浮かべながら2人に話しかけてきたのは香月で、そのまま輪に入るように壁に背中を預ける。表情を見ただけでどんな会話を交わしていたのか想像出来たのか、彼女は退屈そうな振る舞いで大きなあくびを1つした。



「慰めるつもりはないけど、私はあんたらの中だったら誰でも良いって思ってたよ」

「安西さんにそう言ってもらえるのは光栄だよ」

「でしょ?だからまぁ、大丈夫だって」



それがたまたまあいつだったってだけだから。

最後にそう付け加え、香月は鞄からキャラメルを出しおもむろに口に放り込んだ。なんとも言えない表情を浮かべている2人の口にもついでにポイッと放り込み、2人は特に食べたかった訳ではないが仕方なしに咀嚼を始める。



「あ、卒業おめでとう」

「自分もな」



そのなんとも言えない空気感が、今は2人の気持ちを軽くさせた。
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