「…何で?」



何かが溢れそうなのを堪えながらマンションの前まで来た泉だが、そこに居た人物が目に入ると、いよいよ視界が歪んで来た。



「ねぇ、何処行ってたの景吾」

「悪い」

「とりあえず中に入って」



中まで入るのを躊躇している跡部などお構いなしに、彼の腕を引っ張りマンション内に入る。エレベーターに乗ってから部屋の中に入るまで、2人の間に会話は無かった。



「なんでこんなに冷たくなるまで外で待っててくれたのに、何も連絡くれないの」

「…悪い」

「どうして海外に行ってたの?」

「お前、それどっから聞いた」

「優兄が今日空港で見たって。これだけ休みあるのに、わざわざ学校ある日に旅行なんて行かないよね?皆心配してるよ」



この数日で溜まっていた事をぶつける泉とは対照的に、跡部の表情はいっこうに浮かない。しかしそれはただ彼女を避けている訳ではなく、何かを言おうと一生懸命考えているようにも見える。その雰囲気を察してか、それまでつい責め立てるような口調になってしまっていた泉も、口をぎゅっと噤んだ。ゆっくりと跡部の顔が上がり、視線がかち合う。



「大学の下見に行ってた」



そうしてようやく放たれた言葉は、泉の動きを止めるには充分だった。



「大学、って?何言ってるの?氷帝大でしょ?」

「違う」

「どうして?推薦取ったじゃん」

「アメリカの大学のな」

「そんなの聞いてないよ、知らないよ」

「言ってなかった。言えなかった」



怒りなのか寂しさなのかはたまた両方なのか、もうそんな事は分からなかった。言っている意味は分かるが、頭が中々それを受け入れようとしてくれない。そんな矛盾に耐えかねた泉の目からは、いよいよ涙が流れ始めた。



「泉の事、1番近くで見て来たつもりだった」

「そうだよ、景吾が1番近くにいるよ。だから行かないでよ、嫌だ」

「それは、距離が遠くなっただけで変わっちまう事なのか」



違う。そんな事ない。口に出そうとも嗚咽が邪魔をするので、せめて精一杯首を横に振る。



「待っててくれるか」



あの日の夜、跡部が言っていた言葉が今になってようやく繋がった。そしてその言葉に込められている色んな意味も、今なら分かる。泉が泣き腫らしている目を跡部と合わせると、彼は両手で強くその体を抱き締めた。



「お前が好きだ」



あの日の夜がまた甦る。心臓の痛みが増す。

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