「じゃあ行くか」

「うん」



土曜日、12時56分。駅前で合流した2人の間には何処となくぎこちなさが感じられるが、跡部の言葉によってとりあえず車に乗り込む。以前から泉も何度かお世話になった事のある運転手なので、特に改まる必要は無くそれに少しだけ気分がほぐれる。



「何処行こっか?」

「知り合いから今度新しく出来るショッピングセンターのプレオープン招待券を貰った。興味あるなら行くか」

「此処凄い話題になってる所だよね!行く!」



2つ返事に跡部も心の中で安心しつつ、車は発進する。車内での口数はそこまで多くは無いが、肌寒い外から暖房が効いている場所に来ただけでも雰囲気は柔らかかった。そうして数十分も経たないうちにショッピングセンターに辿り着き、そこからは2人の空間が始まる。



「うわー、本当に凄いいっぱいお店あるね!あっちもこっちも行きたい!」

「店は逃げやしねぇよ」

「知ってますー」



市内からは少し離れた静かな場所にあるそれの規模は、今までのショッピングセンターと比べるとかなりのものだった。工事にも沢山の時間がかけられていただけあってか、内装も抜かりなく凝った作りになっている。今日はプレオープンの為人もそこまでおらず、全てに対して目を輝かせている泉を見て、跡部の頬も自然と緩む。



「はしゃぎすぎて転ぶなよ」

「どれだけ私の事子供だと思ってるの!」



子供だとは思っていない、と喉元まで出そうになった言葉をグッと引っ込める。



「お前此処のブランド好きだって言ってなかったか」

「よく覚えてたね、女物のブランドなんて興味無さそうなのに」



お前が好きなものだからだ、という言葉もやはり直前まで来て引っ込んでいく。



「このブラウス可愛いー」

「買うか?」

「でもこっちの方がこれからの季節には合ってるかなぁ。でも他のお店も見たいしなぁ」

「…好きなだけ悩め」



気に入ったものがあったら迷わず即購入が跡部の買い物スタイルなので、あれやこれやと悩んでいる泉のスタイルはいまいち理解出来なかったが、首を捻りながら悩んでいる姿も新鮮なのでそれで良しとする。それに、彼女に似合いそうな服を一緒に考えたり、気に入ったものを目にすると途端に嬉しそうになるその表情を、跡部はどれだけ見続けていても飽きる気が一向にしなかった。



***



「それよりさっきのスカートの方が良いんじゃねぇか」

「やっぱりそう思う?後で試着しに行きたい!」

「その前にどっか入るぞ。喉乾いた」

「はーい」



かなり自分勝手に動き回ってるのに、黙って着いてきてくれるどころかアドバイスまでしてくれるなんて本当に優しいなぁ。しかもちゃっかり買ったもの持ってくれるし、これは飲み物くらい奢らなきゃ!と思ったのも束の間、カフェに入って「ラテにしようかなぁ」と呟いた瞬間、景吾はさっさと自分の飲み物と私のラテを注文してしまった。流石に一銭も出さないのもあれなので、財布から1000円札を出して向かいに座ってる景吾に手渡す。



「何だこれ」

「いや、だってさっきから買ってもらってばっかりだし。私自分で払うって言ってるのに」

「知るか。俺がやりてぇからやってるだけだ」

「えー…」



私が欲しい服を買ったくらいで景吾の懐事情が動くとも思えないけど、それでも出させっぱなしっていうのはちょっとなぁ。なんていう不満が伝わったのか、景吾は注文したコーヒーを口に付けた後、ちょっと困ったように笑いながら口を開いた。



「今日は俺が誘ったんだ。こういう時くらい遠慮しないで甘えてろ」

「私いっつも景吾に甘えてるよ」

「そうでもねぇよ」

「嘘だー!」

「んじゃあ、俺が払いたい。俺はお前に払わせたくない。これで充分だろ」



そこまで言われたら流石にどうしようもないので、口を尖らせつつも渋々首を縦に振る。



「じゃあ、次私が誘った時は私が出すからね」

「へぇ、誘ってくれるのか」

「嫌だった?」

「むしろ嬉しい」



とそこで冗談交じりに顔を覗き込みながらそう言ってみると、そのまま後頭部を抑えられて笑顔で返事をされた。自分でやった癖に、急な近距離と滅多に見ないふんわりとした笑い方に動きが止まる。あれ、なんか、景吾ってこんなにかっこよかったっけ?



「これ飲んだら行くぞ」



ファンクラブの人にこんな事言ったら怒られちゃうかもしれない。でも、思い返してみれば最近、景吾の行動とか言葉が妙に気になったり、今みたいに更にかっこよく見えたりする事が多くなった気が、しなくもない?



「…なんか、景吾って不思議」

「どうしたいきなり」



これがどういう現象なのかはちょっと口では説明出来そうにないので、紛らわす為にわざと意地悪な事を言ってみる。なのに、それに返ってきた笑顔さえかっこいい。
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