「千里ー」 「なんば?」 「あの、お願いがあるんですけども…」 「良かよ」 本日うん度目の休憩時間、私は頼み事をする為に千里の元に来ていた。1階に私の正体を知ってる人が多くて良かった、と果たして喜んで良いのか微妙なラインの考えを頭に浮かべる。 「私今日仕事なんだ。それで、景吾の部屋から出入りするつもりなんだけど、帰ってくる時間帯に1階に人を呼び集めないでほしいの」 「そういう事ならお安い御用たい、ちゃんと見張っておくとね」 「ありがとう、わざわざごめんね」 「いんや、財前あたりにバレたら厄介だけんね」 「ごもっともで」 千里は景吾と同じように、物事を先読みして心配してくれる(つまり頭の回転が速い)から無駄な説明をしなくて済む。そういう面ではある意味バレてよかったかな、なんて考えは、景吾や日吉君にバレたら怒られちゃう事間違いなしだろう。 「何時頃帰ってくっとや?」 「えっとー…」 今日の収録は前より短いって聞いたから、大体21時半とかかな。私がそう時間を伝えると、千里は快く了承してくれた。そして最後にタオルとドリンクを渡して、私はそのまま踵を返し六角に向かった。ありがとうね、千里。 *** 「よし、これで決まり」 パタン、と音を立てて閉じるのはお馴染みの料理本だ。 日中の練習で切原と丸井に夕食を注文された泉だが、切原の好物は焼肉に寿司、丸井に至ってはそれはもう膨大な数を挙げ、結局なんでも好きという結果が返ってきた。流石に寿司は作れない上に、バーベキューを最終日にやるという予定もあり、今回は2人の意見は取り入れず、また今度の機会にという事で話はまとまったようだ。…2人がそうなるのを狙っていたかどうかは、2人にしかわからない。 「泉さんっ!決まりましたか?」 「うん。これにしようと思うんだけどいいかな?」 「わぁ、美味しそう…!」 彼女達の反応を確認し、後ろから来る青学1年トリオも含め泉達は5人で厨房に向かった。 *** 「ねー蓮二ー」 「駄目だと言っているだろう、精市」 「ちぇーケチ」 我らが立海の部長、幸村精市という男は中々あなどれない。普段は何かと恐れられる事が多い奴だが、時折こうやって純粋に頼み事をしてくる時がある。そのギャップにやられついOKしてしまう者もいるが、俺はそんなに甘くない。 精市が教えてほしいとすがって来た内容は、言うまでも無く朝倉の事だった。俺と同様、赤也が暴走した原因である男共が言っていた“モデル”という単語が未だに奴の中でもつっかかっているのだろう。だが、その事に関しての情報は空欄だ。どっちにしろ俺に聞いた所で何も得られない。 「蓮二!何をしている!」 「すまない」 とそこで弦一郎の喝が入り、瞬時に足先をコートに向ける。それと同時に思考も切り替えようと試みたが、意外とそれは困難なようだ。 周りの奴らが彼女に惹かれる理由は勿論わかるし、むしろ当たり前だとすら思う。だが、なんせ彼女についてはまだ謎が多い。 「参謀?」 「なんだ?仁王」 珍しく弦一郎に怒鳴られた俺を不思議に思ったのか、仁王はその感情を顔にも出して近付いて来た。だが、俺の顔を見るなり何かに勘付いたのか、次の瞬間それはまたいつもの意地悪そうな笑みになった。 「練習中にうつつを抜かすのはいかんぜよ」 お前に言われたくない。そう言い返そうと思ったが、自分がうつつを抜かしていた事を悟られるのは癪なので、結局俺は何も言わずにその場を去った。 |