唐突やねんけど、俺、忍足謙也は、今ものっそい悩んどる。



「ちょっ、鳳君!」

「寂しいです先輩ー!」



まず、とことん甘えたな鳳。



「今日も可愛いね泉」

「眼鏡外して」

「2人でタッグ組むなんて卑怯だよ」



何かと泉にちょっかいを出す不二に越前。



「先輩!夜ご飯リクエストしていいっすか!」

「俺も俺もー!」

「うん、どうぞー」



まるで動物みたいに懐いとる丸井に切原。

とまぁこんな風に誰もかれもが泉に金魚の糞の如く近付いとるんは、別にこの合宿中では不思議な事でも無い。むしろ5日目の今日にして見慣れて来たくらいや。かくいう俺も、あの厨房での一件以来どうしても視界に入ると抜け出せんくなってまうんやけど、これはあいつらと同じそれでは無い。



「何思い詰めた顔しとんねん」

「うお、びびった。跡部にどやされるで」

「そっちこそ白石に言われるで」

「金ちゃんとの試合に夢中や」

「そか」



そんな時、背後から侑士が近付いて来たかと思うと、そのまま俺の座っとるベンチの隣にドカッと座った。で、俺の視線の先を辿ったんか、すぐにあの子がどないしたん、と問いかけられる。相変わらずこいつの勘の鋭さにはドン引きや。



「え、まさか謙也までとか言わへんよな?」

「はぁ!?ちゃうっちゅーに!あほか!死なすど!」

「クラブメイトの口癖移っとるで」



主語は無くとも伝わるその会話に思わず怒鳴れば、侑士は鬱陶しげに両耳を指で塞いだ。腹立つなぁ。

そうしてもう一度2人して泉を見やる。



「…変な話やなぁ」

「何がや」

「何か変な薬でも飲んだんちゃう、あいつら」



ようやく吐き出せた悩みは、口にしてみてもやっぱり意味不明やった。確かに、気立てがよくて、優しくて、誰にでも平等で、媚び売らなくて。あないな格好してても好感が持てるっちゅーのはわかる。でも、



「何であの子なんか、ってか?」



そう、問題はそこなんや。次言おうとした事をサラッと当てられた事にやっぱりむかっ腹を立てる。そうしてせやなー、と顎に手をついて考え始めた侑士の言葉を、俺は期待半分怖さで待った。



***



謙也の言いたい事は、きっと泉の中身を知る前までなら俺も共感出来たと思う。でも今じゃ、なんでそないな事で悩んどるのか皆目検討もつかへん。



「とりあえずお前の目は節穴ってことやな」

「な、何やねんいきなり!」

「ほんまアホやー」



俺の言葉に謙也は最初こそ突っかかってきよったが、次第に落ち着いてポツリと、あいつが別嬪な事くらいは知っとるわ、と呟いた。謙也にしては上出来や。



「なら話は早いわ。外見も中身も完璧なんやで?」

「でも…」

「そないな女周りにたくさんおるってか?」

「せや」

「んー、せやなー」



この事については俺だけでなく他の奴ら、勿論あの跡部も考えた事があると思う。知らん内に膨らんでいく感情に疑問を持たずにおられた奴なんて、きっと鳳のような馬鹿組くらいや。

と脱線してしもた話を戻す為に、俺はもう一度口を開いた。



「例えるならば泉はスルメで他の女はガムっちゅーとこやな」



我ながら良い例えやと思ったんやけど、横を見ると謙也はこいつ頭おかしなったか?くらいの勢いで俺をジト目で見とった。そしてすぐに意味わからん、とツッコまれ、相変わらずの理解力の無さにわざとらしく溜息を吐いてみる。この間切原と丸井に動物の例えを出した時もこんな反応されたなぁ、もうちょい頭捻らせろや。



「勿論、全員が全員ガムって訳でもないで?探せばスルメもいるかもしれん」

「女をガムとスルメで例えるて、ラブロマンス好きの名が廃れるでお前」

「黙っとき」



よけいなお世話や。



「少なくとも俺の周りには、泉みたいに内面を知れば知る程気になってまう女の子はおらへん」

「お前が前付き合っとった香苗ちゃんは?」

「あれこそガム女の良い例やな」

「うわー酷」



見た目は微妙やけど、噛めば噛む程味が出てくるスルメ。見た目は色んな種類があって面白いけど、噛めば噛む程味が薄れていくガム。そんな俺の発想をやっと見抜いたんか、謙也はあーと言いながら空を仰ぎ、また考えるように片腕で視界を覆った。



「しかも見た目微妙やあらへんしな」

「あの格好は正直変えた方がえぇと思うけどな」

「ちゅーか侑士、お前」



いつの間にそんなハマッとったん。

謙也の癖にやけに核心をついてきたそれに、俺は不覚にも一度ピタリと動きを止めてもうた。なのに言った張本人は気付いてないんか、腕の隙間から不思議そうにこっちを見とるばかり。…この鈍感ヘタレ野郎。内心そう毒づきながら謙也の腹を叩き、わめく奴をスルーして俺はその場を離れた。あー、スルメ食いとうなってきたー。
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