「跡部、泉何処におったん?」



風呂に行く途中でたまたま会った跡部にそう聞いてみると、こいつは珍しくあからさまに表情を曇らせた。



「オートロック式の冷蔵室だ」

「…だからそないテンション低いんやな」

「うるせぇよ」



ほんで、返ってきたのがこの言葉。きっと鳳あたりに言ったらうっさいから言わんかったんやろな、と推測しつつ、一向に明るくならない表情を見て肩に手を置く。



「別に自分のせいやないやろ、なんでそない落ち込んどるん」

「…さぁな。てめぇならわかってんだろ」

「ベタ惚れやな」

「てめぇもな」

「うっさいわ」



どんだけ落ち込んでても減らず口は忘れへんその図太さに、置いていた手でそのまま叩く。



「で、今泉は何しとるん?」

「ベッドに寝かせておいた。だがアイツのことだ、もうじき起きて日誌でも書き始めるだろ」

「せやな」



泉の短所でもあり長所でもある責任感の強さ、それに頑固さを思い出して、俺達は目を合わせて苦笑した。今に始まった事やないあの行動力を止めるのは無理や。言った所で聞かへん。ほんまは後もう残り少ない今日くらい大人しくしてて欲しいんやけど、それは諦めるしかあらへんみたいやな。

とまで考えた所で、俺は気になっていた事を問いかける為に再び口を開いた。ついでやし聞いとこ、っちゅー軽いもんや。



「自分、泉が眼鏡取った姿見た事ある?」

「…ねぇよ」



うっわ、わかりやす!確実に見た事あるやろと確信した俺は、ここぞとばかりに跡部に詰め寄った。



「そない固い事言わんといてー、な?写真くらいくれや」

「誰がてめぇなんかにやるか!」

「あ、撮った事あるんや」

「…ねぇよ」



まぁ撮った事は流石にあらへんと思うけど、あまりにも分かりやすい表情の変化に俺は思わず噴き出してもうた。案の定跡部はごっつ眉間に皺を寄せたけど、此処で引いてやるほど俺も甘くない。



「景ちゃーん俺も見たいわー」

「失せろ!」

「どない速さで脱いでんねん」



と思っとったら、たった今着いたにも関わらず跡部はさっさと着替えて浴場に行ってもうた。にしても脱ぐの速すぎちゃう?つれへんやっちゃなぁ。宍戸程では無いにしても、意外と古傷の跡があるその背中を見て溜息を吐く。

そない態度取ったって、俺の好奇心は消せへんで。マイペースに脱いでから一緒の湯に浸かりそう言うと、ものっそい勢いで顔面にお湯をかけられた。扱い酷ない?



***



「わざわざありがとう、手塚君」

「いや、義務だから当たり前だろう」

「そっか、そうだね」



目の前で柔らかく微笑む朝倉見て、思わず溜息を吐きそうになるのを堪える。この合宿に来てからというものの、周囲からは朝倉の名前を呆れるほど聞いてきた。ウチからは越前と不二が圧倒的で、ドリンクを届けに来た暁には全てがそっちのけになっているのを毎度見かける。



「そういえば、夕食の時は何かあったのか」

「んー…秘密」



朝倉も朝倉で、大人びていて落ち着いていると思えば、途端に年相応の表情や行動もする。そんな所に興味を注がれるというのは分からなくもないが、だからといってそれが全ての理由になるはずもない。



「あまり心配をかけさせないでくれ」

「え、心配してくれたの!

「…」

「冗談だよ、手塚君って素直な反応してくれるからついからかいたくなっちゃう。氷帝にはいないキャラだよね」



学校では機会が無い限り女子と話す事は滅多に無いが、今のこの空間は別に苦では無かった。むしろどちらかというと、日中の騒がしさから抜け出せたような気がして気持ちが落ち着いている。それは、朝倉から醸し出されている雰囲気のおかげなのだろうとは思うが、俺はそれを口に出せる程素直では無い。



「それじゃあ私も日誌途中だし書こうかな。部屋で寛いでく?」

「いいのか?」

「構わないよ。近くがちびっ子達でうるさいでしょ?ゆっくりしてって。今お茶でも淹れるよ」

「なら、言葉にそうさせてもらう」



俺の隣の部屋は遠山、その隣は向日だ。確かに毎晩うるさいが、交流を邪魔するのもどうかと思いあえて何も言っていなかった。だからその事を気遣ってくれるなど思ってもいなかっただけに若干反応には困ったが、手際良く茶を淹れる準備を始めた朝倉を見てもう少し此処にいる事にした。

お茶を受け取ると、朝倉はデスクに向かい日誌を書き始めた。その時に流れた沈黙で無意識に小さな背中に見入ってる事に気付き、俺は気を紛らわすように茶を口に含んだ。



***



「アーン?何で手塚がいるんだよ」

「成り行きってやつ。ていうか入ってくる時はノック!」

「…わかったよ」



風呂から上がり日誌を書き終え泉の部屋に行くと、何故かそこには手塚が居た。それに対して思わず咎める口調になるが、結局泉に流されて終わる。人の気も知らねぇで。



「これ、日誌。体調は大丈夫か」

「ん、もう平気」

「それでは、俺は戻るとしよう」



そんな俺の心情に気付いて気でも遣ったのか、手塚はコップに残っている茶を飲み干してから立ち上がり、部屋から出て行った。こう言っちゃなんだが、手塚はあまり空気を読めないのでその行動は意外だった。でも俺からすると好都合な事には変わりないから黙って閉じたドアを見送る。でもその直後にまたノックの音が響いて、結局変わらねぇじゃねぇかと眉を顰めつつ、またドアに視線を向ける。



「何やまた集合しとるんか」

「またって、毎晩しとるんすか?」

「あれ、光君」



入って来たのは白石と財前だった。予想外の人物に泉は驚いた顔を浮かべているが、俺からするとその意図は見え見えすぎてもう何も言う気にならない。それは白石も一緒なのか、俺と目が合うなり奴は困ったように笑った。



「部長さん達は日誌書いたら私に提出する事になってるからね。毎晩来ないといけないの」

「そーなんすか」

「光君も好きな時に遊びに来てね。お茶くらいしか出せないけど」

「そんなん、これからずっと来ますわ」

「うん、待ってるよ」



今迄クールな印象しか無かっただけに、その笑顔には若干寒気がした。



「あーまたアイツの惚気聞かなあらへんやん」

「どの学校にも1人はいるみてぇだな、過激派っつーもんが」

「どこぞのアイドルやないんやからやめてほしいわー」



まぁ、アイドルっちゃアイドルだがな。少し語弊はあるが。

そうしてしばらく他愛も無い話を続けていると消灯時間が近付いて来たので、俺達は3人一緒に泉の部屋を後にした。が、廊下に出た瞬間に今度は丸井と切原と鉢合わせになり、俺と白石は流石に頭を抱える。



「泉先輩ー!宿題教えて欲しいっすー!」

「マジ助けて、実際合宿とか来てる場合じゃないんだよぃ」



滑り込むように頼んでいた内容はそんなもので、これには泉も苦笑する。当たり前だろう。



「別に私が出来る範囲なら良いんだけど、2人共時計をよく確認してみようね。今は何時?」

「…22時55分」

「就寝時間は何時?」

「…23時っす」

「それじゃあ、また明日」



名残惜しそうに渋る2人の背中を押し、俺達にも再度手を振ってから泉は1人部屋の中へ戻って行った。その瞬間に財前も含めたガキ3人組がまたギャーギャーと騒ぎ始め、俺と白石が処置なしという風に肩をすくめたのは最早必然的な事だろう。
 8/8 

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