「クッソ…」



浴場にも泉は居なかった事で、跡部はいよいよ本格的に焦りを感じ始めた。普段は何があっても忍足並に冷静な彼だが、泉がいなくなるという一大事が起こっている今、その冷静さは失われていた。

血眼になって辺りの部屋を手当たり次第開けていると、不意に跡部の目には鍵穴に鍵が差さったままのドアノブが飛び込んできた。まさか、と思い部屋の名前を確認れば、そこには冷蔵室という文字が皮肉なほどに堂々と記されている。

確か冷蔵室はオートロックのはずだ。だとすれば、此処に鍵が差さっていては中から出る事はスペアキーでも無い限り不可能だ。

そう勘付くなり、跡部は鈍い音を立てながら全力で、重く固いドアを一気に開けた。中の冷気はそれまでの跡部の汗を一瞬にして乾かしていくほどの威力だ。



「泉!」

「け、ご?」



入ってすぐの所に泉はうずくまっていた。その姿を確認するなり跡部はすぐさまストッパーで戸を止め、弱っている彼女を抱きかかえる。



「お前、何で」

「ごめん、馬鹿だよね、違う事にばっか気取られてて」

「いいから喋るな、これ着てろ」

「でも」

「人の心配する前に少しは自分の心配しやがれ!」



強引に自身のルームウェアであるパーカーを着せ、震えて立てない泉の体を包み込んで即座に冷蔵室から出る。跡部はこの時、珍しく泉を怒鳴りつけた。彼女はその声に怯みながらも、暖かい人肌に包まれた事の安心感を胸に抱き、薄く微笑んだ。



***



「泉も跡部もいないC…」

「まさか2人はそういう関係なんですか!?そんな、俺いくら跡部部長でも絶対認めません!」

「何わめいとんねん」



白石の予想通り、泉がいない事に気付いた彼らは鳳を始め好き勝手に自分の心の内を叫び始めた。そんな状況を見兼ねた謙也が、彼らに近付く。



「っちゅーか出来てるとかそんなん俺も許さへん」

「は?俺もだっつーの!」

「…赤也、お前今何つった?」

「…あ」



財前の言葉につい反論した切原だが、丸井の言葉により今自分が何言ったかを自覚し、慌てて口元を手で押さえた。丸井からの視線を痛いほどに感じるが、彼の頭の中に返す言葉は用意されていない。



「あーあ、赤也ったら」

「何だい揃いも揃って」

「とんでもない子だね」



上から幸村、佐伯、不二の発言である。彼らの中には本気で心配する者や、すぐ戻ってくるだろうと表面上では言っていても内心心配で仕方ない者、様々な者がいた。

そして、その様に騒ぎ立てるメンバーを横目に白石はソッとその場を離れ、泉の捜索に向かった。ようやく行動に移せる大義名分が出来た彼に、冷静さを取り繕う余裕は無かった。



***



「景吾、ごめんね?」

「謝んじゃねぇよ」



泉を部屋まで連れて来るまでの間、色々な感情が入り混じって俺はずっと無言だった。暖房の設定温度を最大にしても毛布の数を増やしても体はまだ冷たくて、最初にこいつを見つけた時の、今にも消えそうな小さな体がフラッシュバックする。



「すまねぇ」

「何で景吾が謝るの?」

「寒かっただろ」

「それは私の不注意なんだから景吾が謝る事ないよ」



自分が悪くないのは勿論知っていたが、こんな状態の泉を見ると何故か妙な罪悪感が込み上げてきて仕方なかった。もっと早く見つけてやれば、そんな自己嫌悪のような後悔ばかりが駆け巡る。



「俺は、お前を守りたい」



気が付くとそんな事を口走っていた。脈略が無さすぎる上に唐突だからか、泉の顔は若干驚きに包まれている。でもまたすぐにふわりとした情けない笑顔に変わって、俺は堪らず覆い被さるように抱き着いた。

早く暖かくなれ。早く。その意を込めて抱き着いているのが伝わったのか、泉は弱い力で俺の背中に手を回すと、か細い声でありがとうと呟いた。



「おやすみ、泉」



そうしているうちに腕の中で眠った泉をしばらく見つめて、額にゆっくりと唇を落とす。これくらいは許されんだろ、というのはただの意地で、それは間違いなく俺の意志だった。



***



誰かさんの言葉を借りれば、何事っちゅー話や、て感じやろか。



「…あの跡部がなぁ」



“俺はお前を守りたい”。

とりあえず探しに出る前に、まずは部屋におらんか確認してみよう思て泉の部屋の前まで来てみると、1番最初にそんな台詞が耳に入って来た。跡部とは中学の頃から知り合いやけど、俺の記憶上あんな優しい声は初めて聞いた。なんやこれ、俺完全に部外者やん。そう思てすぐ食堂に戻って来たんやけど、何故か心は晴れない。

あいつは周りが噂するほど女たらしでも無かったみたいやけど、それでも決して女慣れしてへんなんて言えるタイプじゃない。概ね適当に付き合って、適当に別れての繰り返しっちゅーとこやったと思う。なのに、なんやねんあれ。



「合宿に来てから、表情が浮かんとねぇ」

「…気のせいちゃう?」



いつも俺が悩んどるタイミングで話しかけてくる千歳には、流石になんのごまかしも効かへん。そんな事は充分に分かっとるのにこの期に及んで馬鹿な事を言った俺に、千歳はにやりと含みのある笑みを向けてきよった。



「白石は、自分で思っとる程辛抱強くなかとよ」



抜かせや。
 7/8 

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