あれから謙也の治療をして、今さっき厨房に戻ってくると既に皆は揃っていた。何も言われなかったからバレてはいないと思うんだけど、多少素顔見られた事には変わりない。毎度毎度感じる自分の不注意さに、今回ばかりは自己嫌悪に陥る。



「泉さん、コチュジャン届きましたよ!」

「うん、ありがとう」

「疲れてるんですか?大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、ごめんね心配かけて」



朋と桜乃ちゃんの気遣いをやるせない笑顔でかわし、結局それから気落ちした状態のまま私は料理を作り続けた。景吾とか日吉君とかにこの事がバレたら怒られそうだなぁ、と思うと、更に私のテンションは下がった。



***



「ビビンバだーっ!」

「すげぇなぁ、すげぇよ!」

「これも泉が?」

「うん、でも本に載ってたのそのまま作っただけだよ」



とまぁそのようなトラブルはあったが、ここは気持ちを切り替えて。

まず最初に食堂に着いたのは青学だった。泉達が作った料理を目にしたところで出た反応は多種多様だが、その中に不満な表情になった者は1人もいない。



「凄いな」

「…なんでも出来るんッスね」

「褒めても何もでないよ?海堂君」

「早く食いたいッス。他校遅いし」

「まぁそう言うな越前。俺はゆっくりデータをとれるから支障はないが、やはりこの香りはそそられるな」

「わーい、光栄です」



乾の言葉に泉が笑顔でそう返事をすると、彼は同じように微笑み返してからすぐにノートに何かを書き込み始めた。一体何を書き込んだのやら。



「あ、他の皆も来たみたいだよ」



大石の言葉に従い青学陣が入り口に目を向けると、氷帝、立海、四天宝寺、そして少し小走りで六角と立て続けに入ってきた。ようやく夕食の時間を始められそうだ。



「なんやこの美味そうな料理!ワイはよ食いたいー!」

「今食べれるっちゅーに。金ちゃん手洗ってないやろ?行ってこなアカンで」

「わかったでー!」

「何かお兄ちゃんみたいだねー」

「ほんま世話が焼けるわぁ」



白石を筆頭に他校メンバーと和気藹々と話す泉だが、そんな彼女をつまらなさそうに、寂しそうに見つめているメンバーもいる。



「泉せんぱーい…」

「泉ー…」



言わずもがな、氷帝である。やはり普段は学校でたくさん話せる機会があるだけに、このような場に来てしまうとどうしてもいつもよりは交流が図れない。その事が不満で仕方ないのだろう。特に鳳と芥川はそれを全面に出している。



「お前らなぁ…」

「苦労するね、跡部」

「全く、氷帝たるんどる!」

「それは今禁句やっちゅーに」



そんな彼らを見て幸村と真田はそう言ったが、本気で苦労している跡部からすると笑い事では済まされない。加えて、彼の表情からその事を察した忍足もまた、複雑な表情を浮かべた。



「つーか腹減ったぜぃー」

「早く食いたいッスねー!」

「そうだね、そろそろ食べよっか」



その時、丸井と切原の嘆きを聞いた泉がそう提案すると、2人は急に白々しくなり歯切れの悪い返事をしてから口を結んだ。理由は今更だろう、一体どこまで意識しているのか。気まずそうな2人に泉は疑問を持ったが、料理を褒められて舞い上がっている今の彼女にとって、それはさほど気になる事ではない。

ほどなくして、いただきます!と全員分の挨拶が食堂に響き渡る。それと共に彼らは素晴らしい勢いでビビンバを食べ始め、そんな彼らを見守る泉の顔には、まるで母親のように柔らかい笑みが浮かべられていた。



***



「なぁ、泉」

「んー?何ー?」

「皿洗い笑顔でやってっけど、そんな楽しいのか?」



幾度ものお代わりを繰り返し、ようやく食事は終わった。食器を片付けに来た氷帝の中で、忍足と宍戸はいやに上機嫌な泉を見て疑問を持ち、そしてそのままそれを口にした。



「嬉しいよ!お代わり分もたっぷり作っておいたのに、それも一粒も残さず、綺麗さっぱり食べてくれたんだもん」

「俺も3杯完食しましたよ先輩!」

「うん、偉い偉い」



彼らの問いかけに笑顔で答えると、便乗するように鳳は自らそう名乗り出た。それを聞いた泉は、よほど上機嫌なのかいつもは軽く受け流すが今だけは特別に鳳の頭を撫でている。まるで飼い主と犬のように戯れる2人に、周囲は呆れたり自分も構ってと言わんばかりに騒いだりと、いつも通りの反応だ。



「鳳やるねー」

「餓鬼か」



しまいには同じように擦り寄って来た芥川と向日の事まで撫でる始末で、あまりにも自由すぎる光景を見て跡部はまたもや溜息を吐いた。合宿2日目にしてその数は計り知れない。



「まぁまぁ、泉があんなはしゃいどるのも珍しいやろ」

「単純だからな」

「そういうお前も充分頬緩んでるけどな」



宍戸の鋭いツッコミに跡部は一瞬にして顔を引き攣らせたが、フと移した目線の先には、真正面から泉に抱きついている鳳、頭を撫でてもらいつつ腕にひっついている芥川、もう片方の腕を掴んで構ってもらおうとしている向日の姿があり、彼の言う通り思わず笑顔がこぼれたのを自覚した。



「ここは動物園じゃないんですが」



日吉の言い分はもっともだ。しかし、普段は甘えられる彼女も合宿中に至っては自分達だけのものではないため、接触時間は限られる。その反動といったところだろう。



「結局お互い様、ってとこか」

「ウス」



その日の皿洗いはいつもに増してとても賑やかで楽しかったと、後に彼女は語った。
 8/10 

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