仕事を黙々とこなしていると、いつの間にか時刻は16時を過ぎていた。ご飯作りは17時から始めることにしているから、もうそろそろ意識してもいい時間帯だ。



「泉さんっ、今日の晩御飯はどうしますー?」

「やば、考えてなかった」



朋に問いかけられてから初めて、すっかり今日の献立を考えていなかったことに気付く。昨日の即席肉の盛り合わせは好評だったけど、いくらなんでも2日間連続即席料理じゃあまりにも手抜きだしなぁ。と考えたところで私はこういう時の為に料理の本持ってきたことを思い出し、それを取りに行く為に2人にその場を任せ、足早に合宿所に入り、自分の部屋に向かった。



***



「ん、朝倉?」

「あれ?丸井君」



忘れ物を取りに部屋に行って着た帰り道、丸井は廊下の角でバッタリ泉に会った。未だに心の準備をして置かなきゃ慣れないらしく、情けないくらい心臓がうるさく反応する。



「忘れ物でもしたの?」

「お、おう」



柄にもなく緊張してることが自分でもわかり、丸井はその大きな瞳を思わず泳がせた。落ち着け俺!天才なんだから冷静保て俺!と四苦八苦するが、当の本人はなんにも気付いてない顔でそのまま話を続ける。



「立海、周りと比べて凄い練習キツそうだね」

「真田と幸村君だぜぃ?きつくないほうがおかしいってーの」

「なるほど。手塚君も手塚君でずっと走らせてるみたいだよ」

「んー、体力作り?」

「そうしとこっか」



この前と同じ笑い方なはずなのに何故だが違って見える―――という丸井の言い分はあながち外れていない。前回氷帝と立海が行った練習試合の際、泉は長袖長ズボンにいつもの三つ編み、伊達眼鏡という地味そのもので、多少は素顔が隠されていた。

しかし、今回の合宿はハードな上1週間ずっと快晴、ゆえにそのような暑苦しい格好は出来ない。なので彼女はポロシャツに私物のハーフパンツを履いている。髪型も最初は三つ編みだったが、暑くなったのかポニーテールにして顔立ちが少しわかるようになった。伊達眼鏡は依然つけたままだが。確かに意識の違いもあるだろうが、いつもと違うのも事実だった。



「丸井君?真田君、凄い血相で叫んでるけど良いの?」

「…やっべ」



そんな風に色々と深く考えすぎたのか、思わず歩調を泉に合わせて遅くしていたようだ。丸井は焦ったように言葉を発すと、彼女から離れ一足先に走り出した。



「丸井君!」

「おう?」

「ファイト、暑さに負けないで!」

「…もち!」



泉の愛らしい笑みに丸井は少し照れた笑顔でそう返すと、やる気が上がったのか全速力で真田の元へ駆け寄っていった。

そんな事を泉は知るはずもなく、のんきに料理本に目を通す。



「あの丸井の行動、意味深とねぇ」



それを見ていた者が1人いたことにも、気付かない。

鈍感すぎるというのは時折罪になることを、彼女は今後身を持って知っていくであろう。
 6/10 

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