―――それは、六角が使うコートの整備をしていた時でした。



「泉さぁーん!」

「剣ちゃん、どうしたの?」

「えっと、この用具何処に、わっ!」



1回話してからはすっかり懐いてくれて、ちゃっかり剣ちゃんとまで呼ぶようになった彼、葵剣太郎君。そんな彼がこちらに来る途中、質問することに夢中だったのかテニスボールに躓いてしまったから、私は急いで彼に駆け寄った。



「わぁー、すっ、すみません!」



咄嗟の事だったから支える事が出来たのは頭だけだけど、とりあえず転ばなくて良かったと安心する。この体勢周りから見たら相当おかしいけどね。

でも、そうやって頭を掴んだことにより私はとても幸福な気分になったんです。



「剣ちゃん…凄い気持ちいー!」

「えっ!?」



そう、それは。



「…なぁ、あの氷帝のマネージャーどうしたんだ?」

「クスクス…面白いね」

「本当にね」



剣ちゃんの頭が、この坊主かげんがそれはもうありえないほど気持ち良いのだ。一家に一台、ん、一頭?どっちでもいいや、とにかく欲しいよこれ!近くで六角の頭がツンツンしてる人、帽子をかぶってる人、爽やかな感じの人がこっち見て何かを話してるけど、そんなのお構いなしだ。景吾、氷帝マネージャーがこんなのでごめんなさい。でも!人間欲には逆らえないのです!



「…剣太郎顔真っ赤」

「照れてるのねー?」

「うーん、だって頭抱えられてるから胸当たってるだろうし」

「はっ!?」

「クスッ、バネさん顔赤いよ?」

「ムッツリなのねー!」

「ばっ、ちっ、ちげぇ!」



とまぁそんな感じで剣ちゃんの頭を堪能していると、ふいに六角の人達が遠くを見つめだした。だから私もそちらに目を向けると、何か誰かが物凄い勢いで走ってくる音が聞こえる。しかも、確実にそれは近付いて来て…って、え!?



***



「キエェエエェッ!!!!」



葵の頭を抱きかかえその手触りを堪能していた泉の元にやってきたのは、物凄い形相で叫び声を上げている皇帝真田であった。勢いは止まることを知らず容赦なく2人を引き剥がし、再び叫び出す。



「朝倉、たるんどる!ここに恋愛をしにきたのか!!」

「恋愛いぃ!?」



予想外の事を真田に言われた挙句、周りからも一斉に素っ頓狂な声を上げられ言葉を無くす。



「泉先輩…まさか…俺を差し置いてその人と…!」

「ほんとなのー!?泉ー!?」

「なんでそないハゲを選んだん?」



その中でも鳳、芥川、財前は特に暴走しており、財前を見守る白石はだめだこりゃ、と最早諦めに入っている。



「大体コートという神聖な場で抱き合うなどたるん「ストーーーップ!」…む?」



我に返ったのか、突然の真田の喝を遮るように泉はそう叫び、そして盛大に溜息を吐いた。ようやく思考回路が戻り、今の状況を把握したのだろう。



「勘違いさせてごめんなさい。でも、恋とかそういうのじゃないから、とりあえず鳳君は暴走しないで」

「先輩ぃー…」

「剣ちゃんも巻き込んでごめんね?」

「い、いえ!全然大丈夫ですよっ!」

「…む、そういうことか」



泉の弁解を聞くなり、必死に問い詰めていた者や遠巻きから気になって見ていた者は安堵したのか、大きく息を吐いた。何事かと心配に思ったのだろう。



「そういうことなら先に言ってくれればええやん…紛らわしいわ」

「ほんっまお前は…」



悪態を吐きながら四天宝寺サイドに戻っていく財前を見て、白石も呆れながら彼の後ろに続く。



「なんね、財前もしかして…」

「珍しいこともあるっちゅー話や」



これら一連の動作で最早自分の気持ちが千歳、謙也を始めとする先輩達にバレたことなど、財前本人は知る由も無い。
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