「泉ーっ!」

「は、はい?」



昼休み。前の授業の片付けをしていると、物凄い勢いでジロー君が私の机に飛びついて来た。何事だろうと思いつつ、驚きで速くなった心臓に手を当てながらやっとの思いで返事をする。



「ジロー、困ってんだろうが」

「そーよ、芥川」

「むぅー、安西まで」

「安西さん?」



私の様子を見て流石に哀れだと思ったのか、意外にも跡部君が庇ってくれた。しかも庇ってくれたのは彼だけではなく、安西さんという茶髪でショートヘアの女の子もだ。背高くて羨ましいなぁ、しかも凄く格好良い。そう思いながら少々見とれていると、ふいに安西さんは手を差し出してきた。



「私は安西香月。よろしくね」

「うん、こちらこそ!」



そしてハスキーなこれまた格好良い声で自己紹介をされた。うわー、格好良くもあるけど間近で見ると本当に美人さんだ。私は珍しく興奮した気持ち(あれ、なんか変態みたい?)を抑えつつ、笑顔で彼女の手を握り返した。



「嫉妬とか大変だろうけど、私はこいつらなんかに興味ないから心配しないでね」

「言うじゃねぇの」

「本音を言ったまでだけど」

「また始まったCー」



それからも安西さんにしばしば見惚れていると、いつの間にか跡部君と安西さんの間には火花が飛び交っていた。ジロー君の言葉が本当なら日常茶飯事って事だから、心配はいらないと思うけど。

そうして中々止まない2人の言い合いを見ているうちに、なんだか気の強い2人が帝王と女帝に見えてきて、その事が少しおかしくて私は思わず微笑んだ。



「あ?」

「あら?」



すると、それまで言い合いをしていた2人は急に私に振り返って来た。なぜかジロー君も口を開けてポカンとしてるし、揃いも揃って整っている3人のアホ面を見れるなんてちょっと貴重かも?

とはいえ、私何かしたっけ?向けられている視線を見てたくさんの疑問を頭に巡らせながらも、とりあえず「どうしたの?」と問いかけてみる。



「いや、笑えるんじゃねぇか」

「やっぱ超かわEー!」

「芥川ヨダレ汚い」



ちょっとの不安が胸を渦巻いた時、何と3人からそんな予想外な言葉を投げかけられて、思わず口から間抜けな声が零れ出る。特に跡部君にこう言われたのが1番驚きだ。てっきりあんまり好まれていないというか、興味すら持たれていないと思ってたから、まさかのまさかと言いますか。

何処をどう見てそう思ってくれたのかはわからないけど、仕事以外でこんな事を言われるのは慣れていないゆえにちょっと…照れた。油断すると緩んでしまいそうな口元を必死で堪えつつ、また飛びついてきたジロー君に意識を向ける。



「ねねっ!泉って呼んでE?」

「さっき既に呼んでたでしょ馬鹿。まぁついでに私も良い?」

「う、うん」



出だしが出だしだっただけに、このクラスではどんな仕打ちを受けるのかと若干ビクついてたけど、こんなイケメン君と美人さんに話しかけられるなんて光栄すぎる。しかも気さくで優しいし、最初あんな事思ってごめんねジロー君、と心の中で謝っておく。



「俺も君付けいらないよー」

「私も香月でいいから」



平凡が1番なのは変わらないけど、まさかこんな展開になるなんて思ってもなかった。勿論良い意味で、だ。この2人は兎も角跡部君の事は何て呼べばいいのかな、と思い彼に視線を向けると、淡々とした喋り方で



「俺だけ呼び方違うのもおかしいだろ」

「そうだね」



そう言われた。第一印象は冷たい感じがしたけれど、案外口数が少ないだけで優しさは2人と変わらないのかもしれない。



「あ、てか忘れてた今昼休みじゃん!ご飯食べる時間なくなる!」

「レッツゴー!」

「何処に?」

「食堂だろーがよ」

「それって私も行っていいの?」

「変な謙虚してんじゃねぇよ」



そこで急に食堂に行く為猛ダッシュして行った2人を見て、こんなすぐ溶け込んでいいのかな、と動いた足が一瞬躊躇する。だけどそれを見抜いた景吾は、クールではあるけれど「早く来い」と言って前を歩いて行った。やっぱりそうだ、分かりにくいけどこの人も優しい。



「早く行かないとA定食がー!」

「あんたうるさい」



前の方でそんな事を叫びながら走っているジローと、それにツッコミを入れるように頭を叩く香月。そんな2人を見て景吾は呆れたように溜息を吐きつつも、なんだかんだで2人の後を追いかける。私も取り残されないように小走りする。廊下には、4人分の走る音と笑い声が響き渡る。

あれ、これはもしや、予想外に楽しくなりそうかも?

まだまだ始まったばかりだし、素顔を見せてはいけないという任務もこれから卒業まで続けなければいけない。いつ何処で誰が見てるかもわからない場所でこれを隠し通すのは中々困難だろう、なんせマンモス校だしね。バレそうになったりとかもあるかもしれないけど、自分が決めた事だからちゃんと最後までやり遂げる。

…それでも。

最初で最後の高校生活、それなりに楽しんだって罰は当たらないよね?



「どけろー!」

「安西パワフルー!」

「ったく、騒がしい」

「その割には嬉しそうだよ」

「うるせぇよ」



出だしは好調だ。この3人と楽しく、平和な、そしてやっぱりどうか安全なスクールライフを送らせて下さい。切実なその願いが誰の元へ届けられたか、そしてちゃんと届いたのかは、今はまだ分からない。
 3/3 

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