「日吉!樺地!早く行こうよ!」

「お前うるせぇ落ち着け」



一方、普段通り部活に励んでいた2年生3人組は、練習が終わるなりすぐに学校から抜け出した。細かく言えば張り切っている鳳が他の2人を引き摺る形で出たのだが、彼らも楽しみじゃない訳では無いので大人しく従う。向かう先は言うまでもなく跡部邸だ。



「こうして跡部さんの家に皆で行けるのも後何回かなぁ」

「どうせあの人達が大学入ってからも呼ばれるだろ」



最近になって何かと卒業を意識し始めた鳳に、実の所日吉は結構うんざりしている。勿論その事は本人に伝えているし、秘密にする事でも無いのだが。



「お前、先輩達が中等部から高等部に上がる時もそんな感じだったな。いい加減学習しろ」

「でも今回は泉先輩がいる」



しかし、そう言い返されてしまうと日吉も言葉に詰まる。何も泉に弱いのは鳳だけではない。



「皆さん、傍に居ます」



珍しく沈黙がよぎったかと思うと、これまた珍しく樺地がぼそりと呟いた。いつも相槌しか打たない彼がそんな事を言うのは極めて稀で、鳳は勿論の事日吉も若干目を丸くしている。



「なんか、樺地が言うと凄く説得力があるね!」

「ウス」

「どっちにしろ時間は戻らねぇんだ。乗り越えるしかねーだろ」

「日吉かっこいいー!!」

「うるせえ」



悪気が無い分良いのか悪いのか、覆い被さるように抱き着いて来た鳳に日吉は眉間に皺を寄せる。そんな彼とは逆に、同じように抱き着かれている樺地は無表情ではあるが心なしか嬉しそうだ。



「いいからさっさと行くぞ」



新しく部長となった彼が色んな意味で素直になるには、まだまだ時間がかかりそうだった。



***



「なーーにこれーー!?マジマジすっげぇーー!!」



いつものようにダイニングに向かおうとした彼らだったが、今日連れて来られたのはそっちではなく大きなホールだった。なんだなんだと騒ぎつつ重い扉を開けて中に入れば、そこには見た事の無いくらい沢山の料理が並べられていた。和洋中からデザートまで種類は豊富で、下手すればそこらのホテルバイキングより豪勢かもしれない。そんなものに彼らも興奮しないはずが無く、全員が目をキラキラと輝かせてる。



「どうしたんだよ跡部!ただでさえ豪華なのに今日やばくね!?」

「ただの気まぐれだ。シャンパンもノンアルコールだから好きなだけ飲め」

「男前やな景ちゃん」

「忍足、あんたそういう事言うから邪険にされんのよ」



そうして何人かが走り出したのを合図に、他の者も待て待てと追いかける形で歩き始める。そんな光景を跡部が1人で見つめていると、後ろからポン、と肩を叩かれた。誰なのかは振り向かなくても分かるので、隣に立つのを待つ。



「凄く嬉しそうだよ」

「お前だっていつも以上にニヤついてんぞ」

「ニヤついてるってひどーい!」



照れた時の言葉選びが下手なのは仕方ない。



「まぁ、いつものお返しってとこだな」

「お返しってなんの?」

「お前分かってて言ってんだろ」



言葉で表現するのが下手な跡部が思い付いた“お返し”に、予想通り彼らは喜びを爆発させている。とぼけるように顔を覗き込んで来た泉も、いつもより何割も増した幸せそうな笑みを浮かべている。それらを見れただけで、跡部はもう充分だった。



「今までありがとうっていうのと、また大学でもよろしくって感じだね」

「…そうだな」

「あれ、そういえば景吾って学科何処だっけ?」

「それよりさっさと食うぞ」

「わ、引っ張らないでー」



更に隣に彼女が居てくれれば、それだけで満足だった。
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