「どうでしたか?」

「相変わらず落ち着くねぇ」

「ありがとうございますっ!」



あの後も私と宍戸君は15分ほど資料室に閉じ込められていたけれど、資料を置きに行った事を報告しに来ない私達を心配した先生方が駆けつけてくれて、なんとか出る事が出来た。それから宍戸君とは、彼は私が鳳君のピアノを聴きに行ってる事を知っているので、そのまま廊下の曲がり角で別れた。そして今に至る。



「あっ、じゃあ俺もうそろそろ部活始まるんで…名残惜しいですけど」

「なんでそんな本気で落ち込むの!」



でも、来るのが遅れたとなれば必然的に切り上げるまでの時間も短くなる。それをしゅんと項垂れて惜しむ鳳君は割と本気で可愛くて、明日もですよ!と念を押してくる彼に思わず笑みがこぼれた。手を振る鳳君に私も振り返し、パタン、と閉じたドアから視線を移す。

さてと。



「よく見えるなぁ」



私がまだ音楽室に残っている理由、それはクラスメイトである景吾やジローが励んでいるテニス部を見る為だ。日々鳳君の演奏を聴いていて、ここの窓からはテニス部がよく見えることが最近判明した。仕事続きで中々皆を見るタイミングがなかったら、今日はじっくり見ようと思う。コート付近には女子の軍団がいるから行きたくないのだ。

まず最初に目に入ったのは、ピョンピョンと跳ねている向日君の姿だった。まるでコートが無重力地帯になったようによく跳んでいて、見ているこっちまで楽しくなる。そしてそんな彼の練習相手になっているのは忍足君、じゃなくて侑士で、いつになく真剣な姿を見て少し意外な気持ちになる。普段はふざけていることが多いから、尚更そのギャップが凄い。

周りに視線を移せば、日吉君、ハギ、宍戸君、今着いたばかりの鳳君、ジロー…は何処かで寝てるのかな?で、景吾。あと景吾を慕ってる大きな2年生。皆が皆、凄く真剣だ。それでいて綺麗な動きをする彼らに、私は釘付けになった。



「1回で良いから間近で見てみたいなー…」



女子の軍団が嫌だとかそういう事では無く、ただ単にあのエネルギッシュな声援に着いていける気がしないのだ。どちらにせよあそこまで人が多ければ、私なんかあっという間に弾かれてまともに見れない事は分かりきっているし、そんな無謀な事はしない。でも近くで見てみたい。我侭な矛盾に自分でも苦笑する。



「なら、来てみるか?」

「えっ?」



とその時、後ろから明らかに高校生ではない、渋く低い声が聞こえた。急な出来事に勢いよく振り返り、見覚えのある姿に口がポカンと開く。



「榊先生…?」



そこにいたのは紛れも無く、音楽担当の榊先生だった。あまりにも練習を見る事に夢中だったのか、榊先生が入ってきた事にすら気付かなかった。でも先生はアホ面を浮かべている私にお構いなく、また落ち着いた声色で話し始める。



「今週の日曜日、他校と練習試合がある。そこなら女子もいない」



唐突な上に、何故女子がいるから行かない事を察せられたのかがたまらなく不思議に思った私は、情けなく開いている口を魚のようにパクパクと動かした。いえ、あの、とか歯切れの悪い言葉ばかりが出てくる。



「遠慮はいらない。跡部が気に入る程だから無駄な心配もいらないしな」

「いえ、でもマネージャーでも何でも無いので」



監督は部員の人間関係まで把握してるの?何かびっくり。



「純粋に私の可愛い部員達を見たい、という一生徒の願いくらい叶えたいものだ。是非来てほしい」



でもそこまで言われては断る理由も無く、結局最後に私の口から出たのは考えてみます、という情けない声だった。果たしてそんな暇あるのか、自分。
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