「今日もまた食べたわねぇ」

「うう、お腹きつくて動けない」



自由行動が終わり夕飯も済ませ、2人は一度自室に戻って来た。現在は20時を回った所で、この後温泉に行ったのちにまた彼らと合流する予定だ。最終日とだけあって夜中まで騒ぐ事が予想されるが、別名思い出旅行というだけあってかそれを咎める教師はいない、と生徒の中では言われている。どうやら先輩達から聞き出した情報らしい。



「今日の食事カロリー計算したら凄い事になりそう」

「昼からステーキ食べた時点でもう何言っても遅いでしょ」

「いいの、研修旅行は楽しむって決めたから!」

「で、楽しめたの?」



分かっている答えを香月があえて聞けば、泉は満面の笑みと共に彼女に飛びついた。途端に子供の様になった彼女を見て、香月もあやすように背中を叩いてやる。



「今度は2人旅しようね!」

「えーどうしようかなぁ」

「うわぁそういう事言う?」



夜は更けて行く。



***



「…何だこれは」

「まぁ、想定内やな」



23時を過ぎた頃から彼らは跡部の部屋に集まり始めたのだが、まだお風呂を済ませていなかった跡部は騒ぐ彼らを残し1人温泉へ出向いた。消灯時間は過ぎているのに流石の余裕っぷりである。しかし、部屋に戻って来るなり目に入った光景には、その余裕も崩れ去った。



「学校側に何言われても知らねぇぞ。俺の部屋で暴れやがって」

「そこは跡部様の権限でどうにかなるでしょ?」

「萩之介、お前今日良い度胸してるな」

「冗談だって」



飛び散るお菓子に、羽毛が若干出ている枕、携帯から鳴り響いている音楽。いつもは子供2人だけだが今回はそれに宍戸も混ざっており、悪ガキ幼馴染組に跡部は盛大な溜息を洩らした。泉に至っても笑って見ている始末で、香月も止める気は更々無いのか跡部が持って来た本を勝手に読み漁っている。



「なんかもうよく分かんねぇ光景だな。宍戸てめーまで何してんだ」

「いやぁ昔話してたらこいつらと盛り上がっちまって。悪いな跡部!」

「悪気ねぇだろなんだその笑顔はっ倒すぞ」

「景ちゃんも枕投げしようや」

「てめーも共犯か死ね」

「だから俺だけ扱いおかしいやろ」



散らばっているお菓子の中には、跡部が2年生達用にと買ったお土産まで含まれており、仕方ないのでそれらを片付け始める。本当に不本意だが。



「ごめんね景吾、それ樺地君達のだったよね?」

「お前口の端に紅芋ついてんぞ」

「…こ、これは」

「もう良い。お前が楽しければ何でもいい」



半ば自棄でそう言った跡部だが、泉側にも言い分があった。



「みーんな、2年生にお土産買ったんだって」

「…全員がか?」

「最初に誰が何買うか決めとけば良かったね。景吾が買ったの抜いても紅芋タルトとか5箱以上あるよ」

「馬鹿か」



だから勝手に食べても良いという理由には繋がらないが、食べ始めたのが泉では無いのは勿論跡部も知っている。何個かある土産のうちの紅芋タルトだけ無くなっている所から、恐らく初日にそれの虜になった向日の仕業だろう。それにしても、全員が後輩へのお土産を既に買っていたのには跡部も笑いを堪えきれなかった。



「皆、皆の事しか考えて無いよねぇ」

「そういうお前も今日国際通りで琉球ガラス買ってただろ」

「バレてた?3つセットで3人に似合いそうなのあってね」



いつの間にか日は跨いでおり、それでも収まりそうにない騒ぎ声を利用して跡部は深く息を吸った。



「泉。卒業までにお前に言いたい事がある」

「え?私に?」

「あぁ、今はまだ勇気が無くて言えない」

「景吾がそんな事言うなんて明日は雨かな」

「うるせぇよ。だから、その時まで待っててくれ」

「うん」

「傍に居てくれ」

「…うん、言われなくても」



途中まではふざけていた泉も、真剣な彼の表情につられ照れたようにはにかんだ。今の所全く何の話かは分かっていないようだが、もしかしたら、それに気付く日も近いのかもしれない。



「気付かれてないとでも思ってるのかね、あいつ」

「でも俺達3人以外は本当に気付いてないよ」

「俺達えぇ奴やなぁ」



この研修旅行が2人にとってどんな影響を及ぼしたかはまだ何とも言えない。しかし、少なくとも思い出旅行と言えるだけのものであった事は、全員に言える。夜が更けて行くにつれて、彼らの楽しげな笑い声も比例するように大きくなって行った。
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