んじゃ私ちょっと適当にふらついてくるから。

そんなメールが香月から届いたのはつい5分程前の話だが、もう泉の部屋の前に立っている辺り相当その連絡を待ち侘びていたんだろうと思う。少しばかり盲目すぎるこの行動に自分でも何とも言えない気持ちになりつつ、此処まで来たからには引き下がる訳にいかなかった。



「はーい、どなたですか?」

「俺だ」

「景吾?」



控えめにノックをするとすぐに中から返事が聞こえ、声だけで分かって貰えた事にまた浮かれる。ドアが開いた先にいた泉は既に部屋着に着替えており、化粧も落ちていた。



「どうしたの、何かあった?」

「別にそういう訳じゃねぇ」

「そっか。中どうぞー」



まだ若干濡れている髪に触れたい衝動に駆られつつ、そこは流石に抑えて椅子に座る。どうやら荷物の整理をしていたようで、ベッドの上にお土産や服が散らばっていた。



「さっき温泉から戻って来たの、凄い気持ち良かったー。あ、売店でサーターアンダギー買ったの!食べる?」

「夕飯食ったばっかだろうが」

「これは別腹ですー」



出された紅茶に口を付け、早速サーターアンダギーの包装を解きはじめた泉を見ておかしくなる。とそこで「香月なんかどっか行っちゃったんだよね」と言われ、そりゃ俺が賭けに勝ったからなと心の中で返事をしておいた。



「日吉君達にはお土産何買って行こうか」

「鳳に至っては来る時に散々駄々捏ねてやがったからな。お前からも何か買ってやれ」

「樺地君も寂しそうだったじゃん」



カスがこぼれないように小さな口でそれを食べている泉はなんつーか、小動物みてぇだ。



「どうせなら皆で来たかったなぁ。こんな素敵な所滅多に来れないよ」

「…たまには俺達の話もしねぇか」

「え?」



しかし、2人でいても奴らの話題ばかりを続ける泉にはいい加減痺れを切らしてしまい、気が付いたらそんな事を口走っていた。しまったと気付いた時には既に手遅れで、きょとんとした丸い目を真正面から向けられる。



「景吾は将来、何がしたい?」



どう続ければいいのか分からず黙っていると、泉は一度優しく笑った後、何事も無かったかのようにそう切り出した。気を遣わせてしまった事に不甲斐なくなりつつも、そこに触れるのも野暮なのでそのまま話に乗っかる。



「親父の跡を継ぐのは間違いねぇだろうな」

「景吾のお父さん、よく新聞とか雑誌に載ってるもんなぁ。将来そうなるのかぁ」

「楽しみにしとけ」

「うん。ちょっと遠くに感じちゃいそうだけど」



そんな事を言われるとは思ってなかったので若干驚いていると、気付かれたのかすぐに話を逸らされる。でもその表情がいつもと違う事に、誰よりも泉の事となると敏感になる俺が気付かないはずがなかった。静かに椅子から立ち上がり、なんとも言えない表情で俺を見上げてくるこいつの体を、躊躇しながらもゆっくり抱き締めてみる。ぽとり、とサーターアンダギーが落ちた音が少し間抜けだった。



「なんか今日ちょっと違うね」

「かもな」

「何かあったの?」

「さぁ」

「変なの」



強張っていた肩も次第に力が抜け、泉は俺の背中をぽんぽん、とあやすように叩いて来た。“そういう雰囲気”の仕草とは言い難いが、受け入れて貰えた事にまた安心する。…が、この先をどうしようか。さっきから後先考えずに行動しすぎな自分に、一体どうしたのかと問いただしたい。



「あ、香月返って来たのかな」



しかしその時、タイミングが良いのか悪いのかドアを強めに叩く音が響き渡った。この乱暴なノックは間違いなくあいつだ。するりと腕の中から抜けて行った泉に名残惜しさを感じながら、時間が来てしまったので俺も立ち上がりドアに向かう。



「やっほー。お邪魔だった?」

「おかえり香月」

「じゃあ俺は行くぜ」

「おやすみ。また明日ね」

「あぁ」



去り際に「もう少し長い方が良かった?」と耳打ちして来た香月はあっさり無視し、エレベーターを使って自分の部屋に戻る。少しは意識されるようになんなきゃそろそろやべぇかもな、とか思っておきながら、部屋に着いた瞬間座り込んでしまうようではまだ無理に違いない。



「あれ、どうしたの泉。座り込んじゃって」

「ちょっと、ドキッとした」

「…お?」
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